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神隠し②
ひぐらしの鳴く夕方。
赤く染められた縁側で、幼子が沈みゆく夕日を眺めている。
その後ろ姿を見ながら、あの小さな胸で何を思っているのだろうと、少し不安になった。
「灯 」
「ぁ、珀 」
くるり、と振り返る、可愛い灯。
人の世から連れてきた、もう人には戻れぬ儚い者。
俺がいなくては存在する事もできぬ、憐れな幼子。
「何を見ている」
「夕やけ。こっちの世界でも、夕やけはおんなじなんだね」
「ああ」
彼方 の、現 の世を、思っていたのだろうか。
「・・・帰りたいか?」
「え?」
灯は暫く不思議そうに首を傾げてから、すくっと立ち上がった。
そして真っ直ぐに俺の元へと駆けて来る。
「ここがぼくの帰るとこでしょ?」
ぎゅっと俺にしがみ付きながら見上げてくる。
ああ、なんて可愛らしいのだろう。
気紛れで拾ったつもりだったが、出会えたのは運命だったのかもしれない。
今はこんなに、この子が愛しい。
「そうだな、俺が灯の帰る場所だ」
「うん」
柔らかな髪を撫でてやれば、仔猫のようにすりよってくる。
その小さな身体を抱き上げ、先程まで灯が腰掛けていた縁側に座った。
「俺は夕方より夜の方が好きだ。星は冬の方が美しいが、この時期は蛍が飛ぶからな」
「ほたる?」
こてり、と首を傾げる灯。
蛍を知らなんだか。
「光る虫だ」
「ふぅん・・・ぼく見たことない。見たい!」
「暗くなれば出てくる。もう少し待て」
俺の膝上に座り、大人しく髪を撫でられる灯。
にこにこと機嫌良さそうにしているところを見ると、撫でられるのは好きらしい。
「ねえ、珀」
「何だ」
「しっぽ、さわってもいい?」
「だめだ」
「じゃー耳は?」
「だめだ」
「ぅー・・・」
物欲しそうに俺の尾を見る灯に、ふさふさと尾を振って見せた。
だめだ、と言ったので手は出して来ないが、我慢するように俺の着物の袖を握ってくる。
素直で可愛い、俺の灯。
「俺と永く一緒にいれば、お前にも尾が生えてくるかもな」
「ええっ!?ほ、ほんと?」
「ああ。だが狐というより、お前は猫のようだから、猫の尾が生えるかもな」
「ええー?ぼくも珀といっしょがいいっ」
本当に可愛らしい事を言う。
そんな話をしていれば、日は落ち、辺りが暗くなった。
「ほら灯、あれが蛍だ」
「・・・ゎぁ・・・・・・っ」
暖かい色でゆったりと光る蛍が、ゆらゆらと舞っている。
灯はきょろきょろとその光を追っていた。
やはり仔猫のようだ。
「きれい・・・。つかめそお・・・」
「虫だからな、捕まえようと思えば、存外簡単だぞ」
「消えちゃわない?」
「そっと捕まえれば大丈夫だ」
俺を仰ぎ見ていた灯が、また、飛び交う蛍たちの方へ向き直る。
俺の膝を下りて捕まえに行くかと思ったが、そんな素振りは見せなかった。
「捕まえないのか?」
「・・・ぅん、見てるだけでいい」
「そうか」
「・・・・・・でも、珀・・・」
「ん?」
灯がまた、俺を仰ぎ見る。
「ぼくのことは、つかまえててね?放しちゃやだよ・・・?」
きゅっと、俺の着物を掴んで、不安そうに言う灯。
放す訳がないというのに。
「お前が逃げたがるまで、放しはしないよ」
「ぼく、にげないよ」
「そうか。ならばずっと俺のものだ」
「うん」
現の世で愛されなかった憐れな幼子を、決して放すまいと抱きしめた。
ずっと一緒にいよう。
供に朽果てるまで。
to be continued
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