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神隠し③

(はく)ぅーっ!」 「ん?どうした(あかり)」 寝所で読み物をしていると、庭で遊んでいた灯が俺を呼んだ。 大声を出して、一体何だというんだ。 「珀っ!ねぇっ!誰か来たよぉっ」 「誰か来た?」 縁側に出てみると、灯が慌てて上がって来て、俺の後ろに隠れる。 ああ、そうか、灯が来てからの来客は初めてだったな。 「灯、あれは(こま)だ」 「こま?」 「大神だ」 「おおがみ?」 俺の庭に現れた、藍色の毛並みをした男は大神の狛。 暇潰しにでも来たのだろう。 「よー珀、そのちっこいの、どーしたんだ?」 「彼方(あちら)で拾った、人の子だ」 「ほー、お前が人の子を飼うとはなー」 狛が無遠慮に俺の後ろを覗き込むと、灯が尾にしがみ付いてきた。 こら、尾に触るなと言っているだろう。 「灯、こいつは狼だが噛み付いたりはしない」 「アカリってゆーのか?俺は狛、よろしくな?」 狛が灯の頭をぐりぐりと撫でる。 漸く俺の尾から手を離し、俺より背の高い狛を見上げる灯。 「・・・こま、オオカミ、なの?」 「まーな。噛んだりしねーから安心しな?」 「・・・ぅん」 それから暫く、俺を挟んで会話していたが、狛が狼の姿になってみせると、灯は喜んでじゃれついた。 ついには庭で2匹仲良く駆け回る始末。 「灯、あまり走り回って転ぶなよ?」 「うんっ、大丈夫っ!」 灯がすっかり狛に懐いたので、寝所へ戻って読み物の続きをしようとも考えたが、何故か縁側から離れる事ができない。 結局、夕暮れまで2匹を眺めていた。 「じゃーな灯、また遊びに来てやるからな」 「うんっ!またね、狛!」 狛が帰ると、思い出したかのように俺のもとへ駆けてくる灯。 「・・・珀?どおしたの?」 「何がだ?」 「怒った顔してる・・・どおして?」 不安気な表情で見上げられ、自分の眉間に皺が寄っていた事に気付く。 俺は、何に怒りを覚えているのだろうか。 「珀?・・・あ、狛ね、また遊んでくれるって」 そう言って嬉しそうに笑う子ども。 その笑顔が、何故だか無性に赦せなかった。 「そんなに狛が気に入ったのなら、狛に付いて行けばいい」 「・・・ぇ・・・・・・?」 灯の硝子のような大きな瞳が見開かれる。 俺の突然の提案に驚いたのだろう。 「今追いかければまだ間に合うぞ・・・、灯?」 「・・・・・・・・・っ」 大きな灰色の瞳が濡れ、ぽろりぽろりと雫が落ちる。 何故に泣く・・・? 狛を気に入ったのではないのか? 「灯・・・」 「・・・ぃゃ、・・・ぃやっ!珀といっしょにいたいっ!おねがいだから、いらないって言わないでっ!」 ・・・・・・・・・嗚呼。 俺は、この幼子の傷を抉るような事を言ってしまったのか。 そんなつもりはなかった・・・。 いや、少し意地の悪い考えがなかったと言えば嘘になる。 「悪かった、お前がいらないから言った訳ではないんだ。ほら、おいで」 大粒の涙を溢しながらしゃくり上げる灯を抱き上げ、泣き止むまであやしてやる。 「灯、狛より俺の方がいいか?」 「・・・っ、ぅん・・・っ、珀がいいっ!」 「そうか」 罪のない幼子を泣かせておいて優越感を抱くなど、俺は何を考えているのだ。 だが、先程までより気分は良かった。 「灯、もう泣くな。お前が逃げるまで放しはしないと言っただろう?狛にくれてやったりはしないよ」 「ほ、ほんと?珀のとこに、いてもいい?」 「ああ」 「・・・っ、珀だいすきーっ」 こんなに心地良い温もりを手放す訳がない。 例えお前が逃げようとしても、もう俺は逃がしてやる事ができないだろう。 最期のその(とき)まで、俺の傍にいておくれ。 end

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