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第一章(1)

 私立東條(とうじょう)大学――。  五十年前に世界を襲ったパンデミック『桜落(おうらく)大災禍(だいさいか)』以降、日本の経済を建て直し、流通、金融、医療に対して多大な影響力を持つ東條財閥が運営する最高学府だ。  文系から理系、医科に至るまでを網羅する総合大学で在籍人数は学生、大学院生、教職員を含めて三万人に及ぶ。開校してからの歴史は浅いが、人口の激減で統廃合されてしまった国公立大学に変わり、今の日本を支える優秀な人材を多数排出している。  その東條大学の第三キャンパスと呼ばれる広大な丘陵に作られた敷地内の緩やかな坂道を、神代稜弥は汗だくになりながら歩いていた。  最寄りの農学部校舎脇のバス停から山側へ向けて歩くこと三十分。やっと坂道の両脇に植えられた木々の葉の間から目的の研究棟が見えてきたところだ。 (あの事務員、すぐだって言っていたのに)  東條大学医学部付属病院の駐車場にいた、若い警備員に農学部研究棟への行き道を聞いたのだが、彼は「ここから西廻りのバスで農学部に行ける」とだけ言い、農学部の事務センターでは「七瀬教授の研究棟はあそこの道を上がればすぐだ」と教えられた。それから炎天下の坂道を稜弥は黙々と歩いている。  とにかく、このキャンパスは広すぎる。優にひとつの街がすっぽりと入りそうだ。  先ほどの事務センターで学内図を見てみたが、最寄り駅に隣接する巨大な病院を正面の入り口にして、医学部、工学部、経済学部、農学部の校舎が点在し、それらを学内を巡回するバスが繋いでいた。キャンパスには教員の宿舎や学生寮、そして商店街まであるのだから、確かにもう街なのだろう。あの時、七瀬博士が「久しぶりに学外に出た」と言ったのも納得できた。

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