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第一章(3)

 かなり大きな音が廊下に反響したが、室内からの返事はない。それでも稜弥はノブに手をかけてカチャリとドアを開いた。古い建物だから室内も薄暗いのかと思っていたが、天井や壁は白で統一され、蛍光灯の灯りを跳ね返し、グリーンのリノリウムの床が鈍くその光を反射していた。  コツコツと足音をさせて奥へと入り込む。途中で「ごめんください。七瀬博士」と声をかけてみたが、どこからも返答がなかった。  部屋の中央にある大きなテーブルまで近寄ってみる。テーブルの上には書類の束が積み重なり、ページが開かれたままの分厚い学術書がいくつも放置されている。デスクトップパソコンのキーボードの上にもそれらは侵食していて、さらにその上の積み重なった紙と本でわずかに平らになっているところに、絶妙なバランスでノートパソコンが置かれていた。  何人かでミーティングでもしたのだろうか。テーブルの鏡面が微かに覗くところにはいくつものマグカップ。そのひとつを見てみたが、底にはコーヒーの飲み残しが輪になって、すっかり乾いて染みになっていた。  天井につくほどのスチール製の本棚も背表紙を向けて立てられている本は皆無で、ほとんどが横に積み上げられ、本棚の前で少しでも足音を立てようものなら即、雪崩が発生しそうな有り様だ。  大きな窓際には大小様々な水槽に植物のプランター。それらに植わっている草花がやけに瑞々しく茂っているのが、この殺伐とした部屋で唯一、ホッとできた。  どうやらこの研究室の主、七瀬博士は整理整頓が苦手な人のようだ。稜弥は三日前に駅前のカフェで会った彼の姿を思い浮かべた。

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