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第一章(4)

 夏の昼下がりでもきっちりとスーツ姿でやって来た七瀬博士の第一印象は、かなり若い、だった。確か二十八歳だと聞いたが、目の前で名刺を差し出した博士はともすればティーンエイジャーにしか見えなかった。  背は稜弥の肩ほど、細身で襟元から覗く肌は真っ白で、外が暑かったのか頬はほんのりと赤みが射し、それが余計に幼さを醸し出していた。少し伸ばした髪は栗色で柔らかそうで、眉も綺麗な弓形で、その下の両目は二重まぶたで少し目尻が下がっていた。優しい雰囲気の目元だったが、大きな鳶色の瞳はなにかを探求するように稜弥をしっかりと見つめて、それは一級の研究者特有の目だと稜弥は感じ入った。  博士と挨拶を交わした時、なにかに感づいたように形のいい少しふっくらとした唇を微かに開けて、博士は稜弥の顔を凝視した。それから自分の経歴や志望動機などを話したが、紹介者の島田がうるさく捲し立てるなかでも、まるでそれが聴こえていないようにじっと稜弥を観察していた。そしてその鳶色の瞳が微かに潤んでいたのが印象的だった。 (でもあれは……、完全に俺のことなど忘れているな……)  稜弥はぐるりと部屋の様相を確認したあと、息をついた。どうも奥にも部屋があるようだ。 (とにかく七瀬博士に会わないことには)  稜弥は目についた椅子を引き出して鞄と上着を置くと、隣の部屋へと続くドアに近づいた。  近寄ると、ほんの少しドアが開いていることに気がつく。そして人がいる気配も感じられた。この奥が博士の本来の執務室かもしれないと右手を挙げてドアをノックしようとした時、わずかな隙間から人の声が漏れだしてきた。 「あ……、宣親(のぶちか)、もうやめて……」  その艶かしい声に、稜弥はドアを叩く寸前で手を止めた。

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