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第一章(7)
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「確か約束の時間は十時からじゃ……」
「……はい、少し早いですが今、着いたところなんです」
今日も暑いですね、と言う稜弥に、彩都はシャツの乱れを直すと軽く髪をかきあげた。どうやら稜弥には隣の部屋での様子を気づかれてはいないらしい。動揺を悟られないように小さく息をついて、本棚にかけてあるハンガーから白衣を取ろうとした、その時、
「彩都、まだ採血が終わっていない」
隣の部屋から勢いよくドアを開けて宣親が飛び出してくる。注射器と採血バンドを持った宣親は、彩都以外の人物が研究室にいることを認めて「誰だ」と低く問いかけた。
「彼が今日から来てくれるポスドクの神代くん」
「神代稜弥といいます」
軽く頭を下げ、少し笑みを浮かべて顔をあげた稜弥を、なぜか宣親は憮然とした表情で見つめていた。
「あのトクシゲの島田がお前に紹介したってヤツか」
「そうだよ、島田さんの遠縁だって」
ふん、と不機嫌な態度を隠すことなく宣親は、白衣のポケットに注射器を仕舞った。
「初対面なのに態度悪くてごめんね。彼は東條宣親 、僕の幼馴染で医学部教授なんだ」
(この男が東條宣親――)
東條大学医学部付属病院の医院長で免疫学の権威。歳のころは彩都よりいくつか上だろう。
「まったく、島田さんの紹介って言うだけで毛嫌いするんだから」
「当たり前だ。あんなケダモノ、本来ならこの大学の敷地にさえ入れさせない。大体、トクシゲの営業をうちの病院に入れるのさえ嫌なんだ」
「またそんな悪態をついて。それに東條製薬は農薬や化学肥料は専門外じゃないか。だから今は業界大手のトクシゲさんと取り引きするしかないんだ」
「来年になれば、化学肥料部門が立ち上がる。そのあとすぐに農薬だってわんさか作ってやるさ。あんな、うちの女学生を喰いまくるようなチャラチャラしたヤツはお前の傍から排除してやる」
なにをしたのかは判らないが、島田の印象はかなり悪いようだ。
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