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第一章(8)
東條宣親は東條財閥の三男で医療事業を担当していると聞いた。長男が金融、次男は不動産と海運事業だ。薬学でも名を馳せている宣親は、東條製薬の主任研究員でもある。
宣親は多分、彩都の席であろう椅子にどかりと座り込むと、本で囲われたパソコンのモニターを見ながら独り言をいい始めた。
「神代稜弥。東京都出身、二十二才独身。十二の時に父親の仕事の関係で渡米。そのままアメリカ国籍を取り、両親が帰国した後も現地に留まる。幼いころから優秀で十四でマサチューセッツ工科大学に入学、そして先月までハーバード大学に在籍。専門は生命科学と遺伝子工学。父親は不慮の事故で三年前に他界、母親は故郷の京都で暮らしている。ああ、四つ年の離れた妹がいるのか。その妹は……」
「それ以上はやめてもらえますか」
俯き加減で低く声を響かせた稜弥の様子に、彩都は小さく息を呑む。稜弥は険しい表情を浮かべて、
「俺のことを調べたんですか」
「そうだ。君の提出した経歴書とは別にな。なにもそんなに驚くことはない。この大学で働く職員は全員、これくらいは調べがついている」
「ご自分の大学の職員だからプライバシーも何もないと? さすがにやりすぎでしょう」
「あの島田の縁戚だというだけでも、君は疑われる立場にあるんだよ。ここのところ、俺や彩都の周りにはキナ臭いことがあってな」
「もうやめなよ、宣親。彼はアメリカから帰ってきたばかりなんだ。僕らのことは知りはしないし、島田さんのことだってただの思い過ごしだって」
宣親と稜弥の静かな睨み合いに挟まれた彩都が、おろおろとその場を収めようとした。
「確かに彼の経歴だと僕のところでは勿体無いけれど……。でも、こうして僕の研究に興味を持ってくれるのはうれしいし、彼ならいいかと思ったんだ」
「それだ、それが俺には信じられない。今まで頑なにポスドクや秘書どころか学生さえも側に置かなかったのに、急にどうしたんだ? それに神代くん、君もだ。君の専門だとうちの医学部の研究室のほうが良くないか?」
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