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第一章(9)

 問い詰められて彩都はなぜか困惑した。確かにそうだ。二十歳のころに自分の正体がわかってから、必要最低限の人付き合いしかしてこなかった。初対面の人間などは以ての外だったのに、なぜか彼を近くに置いておきたいと思った。そして自分自身がそんな自分に一番驚いているのだ。  黙っている彩都を横目に稜弥は鞄の中から一冊の本を取り出すと、それを二人の前に差し出した。 「七瀬博士のハイパーウィート研究に興味があったのも本当ですが、実はこちらのほうが本来の目的なんです」  その表紙を見るなり、あっ、と彩都が驚くと、稜弥の手から思わず本を奪い取っていた。 「これっ、この写真集をどこで手に入れた?」 「これは十年前にセントラル・スクエアの古本屋で見つけて、父にねだって買ってもらったものです」 「すごい! 日本じゃもうとっくに絶版になっていて見つけられなかったのに。……アメリカにいた君が僕の祖父が撮った桜の写真集を持っているなんて」  稜弥に断りもなくページを捲る彩都の興奮した声に、宣親も横からその写真集を覗き込む。 「確か、彩都のじいさんって桜や日本の四季を専門テーマにしていた風景写真家だったか」 「そうなんだよ。特にこの写真集は祖父が写真家になりたてのころに出版したものだから、うちにも無いんだ」  彩都は夢中で美しい桜の写真に魅入っている。そんな彩都に稜弥がさらに、 「俺はその写真集を見るまで、桜の存在を知りませんでした。だけど、その美しい花に子供心にも惹かれてしまって、父から桜が日本を象徴する花で、かつては列島を埋め尽くさんばかりに咲いていたと聞かされたんです。それに興味を持って、この写真集の著者を調べているうちに孫である七瀬博士の存在を知ったんです。そして博士の本来の研究が絶滅した桜を蘇らせることで、ハイパーウィートはその副産物に過ぎないと。そのことがわかってから俺は日本で博士に師事したいとの気持ちが生まれてきて、妹のこともあったので帰国することにしたんです。妹は父と一緒に事故に遭い、今もその影響で重い障害があるので……」

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