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第一章(10)
その台詞に、はっと彩都が本から顔をあげた。隣の宣親も罰が悪そうな顔を作っている。
「妹は京都の医療施設にいます。母は実家の呉服店を手伝いながら妹の面倒をみています。幸いにも祖父母も元気ですが、俺がアメリカにいるよりも日本にいるほうが母も安心するだろうと思い帰国しました。でも、京都じゃ仕事も無いのでどうしようと考えていたら、島田さんが東條大学に出入りしているって聞いてダメ元で連絡をしたんです。ちなみに島田さんとは縁戚ですがほとんど初対面でした」
「そうだったんだね。あの面談のときに教えてくれたら、僕も宣親に伝えられたんだけれど言いにくいよね。だけど、どうだい? 神代くん自身には不審なところなんてないだろう?」
彩都に言われ、宣親が「そうだな」とまだ不満げに呟いた。
「ということだから、彼には今日から僕の仕事を手伝ってもらうよ。いいですよね? 副学長」
「……副学長、だったんですか?」
「このご時世、うるさい年寄りがいなくなって久しいからな。ちょっとでも働ける若い奴にご大層な役職がわんさかつくんだよ。副学長って言ったって名前だけだ」
すまなかったな、と頭をかきながら多分謝っている宣親に稜弥も気を納めた。二人の険悪な雰囲気が薄れてきて彩都も胸を撫で下ろす。
「今からコーヒーでも入れるよ。二人ともそこら辺に座って」
「そこら辺、ですか」
改めて周囲を見渡し、稜弥は呟く。きっと乱雑な部屋の様相に圧倒されているのであろう稜弥に、宣親は密かに笑いを噛み殺した。その時、どこからか電話の篭ったコール音が部屋に鳴り響いて、彩都が馴れた様子で積み重なった書類の層の中から携帯電話を見つけ出して耳にあてた。
「宣親、電話だよ」
彩都から受け取った電話に短く応答した宣親は、
「すまん、呼び出しだ。今からすぐに医局に戻らないといけなくなった。彩都、ほら、戻る前に採血させろ」
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