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第一章(12)
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検体の入ったシャーレを持ち、宣親が運転席に座る黒いセダンの助手席へと稜弥は乗り込む。「溢すなよ」と稜弥に注意をした宣親が車を発進させると、あれほど苦労して登った坂道をあっと言う間に逆戻りした。
付属病院の職員専用駐車場に車を止めると宣親は、ついてこい、となぜか医局ではなく自分の執務室へと稜弥を連れていった。
「健康診断ではなかったんですか」
「日本に入国する際、アメリカでの検査結果を提出しているだろう? その内容で十分だ」
座れ、とソファを勧められ腰を下ろすと宣親の秘書なのだろうか、女性二人が部屋へと入ってきた。一人は稜弥の前に冷たいお茶を出してくれ、もう一人は白衣姿で何やら宣親と話をしている。
稜弥は彩都の研究室から持ち出したシャーレの中の検体に視線をとどめた。入っているのは白く濁った粘質の液体だ。量はほんの少しだが一体何なのだろう。
「神代くん、それを彼女に」
にこやかに笑う白衣の女性に稜弥はシャーレを手渡すと、
「そう言えば七瀬博士が、貸している備品を返してほしい、と言っていました」
「ああ? まったくあいつは片付けはできない癖にこういうところは細かいんだ。君、準備を頼む」
かしこまりました、と女性が出ていくと稜弥は「あれはなんですか」と宣親に聞いてみた。
「あれか? あれは、彩都のスペルマだ」
スペルマ――。つまり精液。
なぜ七瀬博士の精液を、と問いかける前に、テーブルを挟んでソファに座った宣親が低い声で先に口を開いた。
「アメリカ国籍を持っているのなら、例のカードの携帯義務もあるはずだ。俺に見せてくれないか」
どうして、と聴くのも無駄な気がして、稜弥は財布の中から一枚のカードを取り出してテーブルの上に置いた。それを宣親は慎重に手に取ると、表と裏に視線を走らせる。
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