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第一章(15)
「『桜落の大災禍』?」
「ああ。五十年前に突然始まって、以降十年間続いたウイルスによる世界的パンデミックを日本ではそう呼んでいる。疫病が始まった年の春に、一気に日本中の桜の木が枯れてしまったのを所以にな。それに日本ではその疫病のことを『桜斑病 』と言う」
「それは習いました。アメリカでも同じような意味の病名が付いています。たしか、罹患した患者の末期の様相を表しているんですよね」
桜斑病――。
それは今から五十年前、突然人類を襲ったウイルスから発した疫病のことだ。世界同時多発的に現れたこの病は、高熱ののち激しい咳と嘔吐が続き、末期には毛細血管からの皮下出血が、淡い赤色の斑点を無数に心臓のある左胸から肩、背中へと広げてやがて死に至る。日本ではそのさまが桜吹雪の文様に似ていたことから桜斑病と呼ばれるようになった。
一気に世界中に拡がったウイルスは、その爆発的な感染力にワクチン開発が追いつかず、致死率は九十パーセントを優に超えた。人々は病に倒れ、途上国のなかには消滅した国さえある。引き寄せられるように植物や家畜にも伝染病が発生し、食糧事情も一気に悪化、桜斑病が網羅した十年間で世界人口は三分の一にまで落ち込んでしまった。
「先進国で最初にパンデミックが起こったのが日本だった。桜斑病の拡がりを国内に止めようとした当時の政府は鎖国を決定した。まあ、この国は開くよりも閉じるほうが得意だからな。国外との人の行き来は必要最低限、物流も情報の流入もストップした。鎖国は桜斑病のワクチンが開発され、完全に無害となりWHOの終息宣言が発表されるまでの三十年間に及んだ。そのころにはもう、欧米では第二性を持つ人類、アルファとオメガの存在が広く認知されていた。日本で彼らについて研究が始まったのは鎖国解除後だ。それも日本政府は彼らの存在を公にしていない」
「なぜです? 政府がその存在を認めないと、彼らはいつまでも都市伝説的に扱われてしまう」
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