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第一章(16)

「鎖国が解除されて二十年が経つが、今でも国外からの情報には政府によるフィルタリングが課せられている。考えてもみろ、いきなりスーパーマンのように優秀な人類が誕生しましただの、動物みたいにフェロモンを撒き散らして発情する人がいますだの、やっとパンデミックを乗り切った人々に受け入れろというのは不安を冗長させるだけだ。それだけじゃない、女性が女性を孕ませることができる、男が妊娠する、なんて生物の常識をひっくり返すようなこと、今の日本人にはオカルト以外の何物でもないよ」  医療従事者の宣親でさえこんな認識なのか、と稜弥は表情を変えずに苦笑した。 「アメリカでは男性オメガの出産率も増えているのか?」 「そうですね、ここ近年は当たり前のように受け入れられています。先ほども言ったようにアルファとオメガの子供は優秀なアルファとなる確率が高いことがわかると、オメガ性の人たちを国を挙げて保護しようという動きも出ています。それに今の連邦政府の議員や大企業の経営者にもアルファが増えているので、ことが進みやすいのでしょう」  桜斑病は年配者や子供を容赦なく襲った。昔は平均寿命が八十歳を超えた日本も、現在は六十代以上の人々を街なかで見つけるのが難しいくらいだ。だから必然的に優秀な者が年齢関係なく政府の要職や大学の教授などという地位に従事することになった。 「でもどうして俺にこんな話をするんですか?」  健康診断で、などとは稜弥を連れ出す口実だったのだろう。昨今では珍しくなってしまったアメリカからの帰国者に、第二性に関する情勢を聞きたかっただけだろうか。 「俺のような一般の学生の話よりも、東條博士のほうがよくご存知のはずです。東條大学医学部は日本における第二性研究の最先端機関だと聞いています」 「博士なんてかしこまる必要ないよ。確かにうちの医学部は政府公認の研究機関だ。うちと東北、そして近畿にある医学系大学の三箇所でしかアルファ、オメガを認定する検査は実施されていない。それも個人が自分の状態に不安を覚え、心療科に相談に行ってからうちの病院を紹介されて検査、認定されるという状況だ」

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