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第二章(5)
「なに? なにが起きてんの?」
先頭に立つ男子学生の言葉に、なになに? と彼の後ろから女の子たちが顔を出す。
「七瀬先生、とうとう部屋が汚な過ぎてここから追い出されるんですか?」
「違うよ。それよりもお帰り、みんな」
男子学生に続いて三人の女子学生が片付け途中の研究室に入ってくる。稜弥は手を止めて、彼らの動向を追っていると男子学生と目が合った。
「あっ! もしかしてあんたが噂のポスドク!?」
噂? と聞き返す前に、同じように稜弥の存在を認めた二人の女子学生が急に高い悲鳴をあげた。
「えっえっ? この人が? きゃあ、すごいカッコいい!」
「ほんとにいたんだあ。みんなの噂通りのイケメン~」
キャアキャアとはしゃぐ二人の横で、残された一人の女の子は男子学生の背中に隠れて稜弥をちらちらと見ている。
「みんな、紹介するから静かにして。彼は神代稜弥くん。これからこの研究室の仕事を手伝ってくれる人」
彩都が稜弥を紹介するやいなや、学生たちから歓声が湧き出した。
「やったー! これで教授の失敗の尻拭いをしなくてすむんですね! 宛先間違いの封筒を積んだ郵便回収車を追いかけなくても済むし、ビニールハウスでミイラ寸前になっているところを救助しなくていいし、何度、東條先生にSOSの電話をしたことか」
「これだけ背も高くて体格もいい人なら、恰好のボディーガードにもなるわよ」
「そうね、しつこい帝都大学のセクハラオヤジを追っ払ってくれますよ、先生」
口々に言いたいことを喋る若者たちを前に、彩都の顔色は歩行者信号のように代わる代わるに色を変えた。言い返せずにぱくぱくと口を動かず彩都をよそに、学生たちはそれぞれ自己紹介を始める。
「神代さん、はじめまして。わたしは薬学部三年の吉田由香里 です」
「あたしは経済部三年、川根亜美 よ」
「俺は農学部畜産学科院生の柳孝治 。で、こっちの人見知りは俺の従妹の文学部二年、坂本花菜 」
消え入りそうに孝治の背中越しで、花菜が小さくお辞儀をした。
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