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第二章(9)
「それはわたしもそうだけど……」
「由香里も花菜も周りに疑われ始めているんでしょ? せめて気の許せる友だちには言ったほうがいいと思うな。それに今は東條先生の薬がうまく合っているじゃない。あたし、次の発情期は軽いんじゃないかって思うのよね」
「川根さん、それ以上は言っちゃダメだ」
厳しさが混じる彩都の声に、亜美が口を閉ざした。あれほど饒舌だったのに急に大人しくなってしまう。他の学生たちもくっと息を潜めてしまい、明らかに稜弥に知られたくないなにかを亜美が不用意に口にしたことがわかった。しん、と静まった場に稜弥は敢えて核心に迫ってみた。
「この大学の医学部が第二性研究に深く携わっていることは初日に聞きました。もしかして、東條製薬は東條先生の指示のもとでフェロモン抑制剤の開発をしていて、みなさんはその治験に参加しているんじゃないですか?」
彩都が大きく目を開いて稜弥を見つめている。
(だめだな。この人は根っから隠しごとができる人ではない)
彩都の強ばった表情は稜弥の言ったことを肯定していた。
「実は俺のアメリカの友人に東洋系のオメガがいたんです。彼もフェロモン抑制剤を使用していたけれど、アメリカで広く使われている抑制剤は体質的に合わなかったようで苦労していました。どうも今の薬は人種によって効き目にばらつきがあるようですね。日本も外資系製薬会社のフェロモン抑制剤の処方が主流なんじゃないですか?」
「主流どころか、今の日本には一種類の抑制剤の使用しか認可されていないんだ。君なら知っているかな。リードマンケミカル製のオメガフェロモン抑制剤、日本ではトクシゲ化学薬品が販売権を持っているよ」
「ちょっと先生、いいんですか? 彼は初対面なのにそんな話をして」
「柳くん、彼は君たちとは今日会ったばかりだけれど、僕とはもう二週間の付き合いになるんだ。それに宣親も彼には一目置いているようだし、遅かれ早かれ僕らのことを彼が知るのは時間の問題だよ」
そうっすかね、と少し不満げな孝治に彩都は力強く頷いて話を続けた。
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