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第二章(10)

「トクシゲの扱っている抑制剤はオメガ専用なんだけど、確かに日本人には効きにくいみたいなんだ。それに保険適用もされていないから高価だしね。神代くんの予想通り、東條製薬は宣親を中心に日本人に合う、安価で安全なフェロモン抑制剤を極秘裡に研究、開発している。彼女たちはその臨床試験に協力してくれていて、現在は女性に関してはほぼ百パーセントに近いほどの有益な結果が出ているんだ」 「どうして極秘なんですか。国産の抑制剤開発なんて、本来なら国を挙げて取り組む事案ですよね」 「そうなんだろうけどね。でも、こういったことにはいろいろと利権が絡んでくるから。アメリカもリードマンケミカルの薬が八割がた使われているんだよね?」 「確かにリードマンはいち早くアルファ、オメガに対するフェロモン抑制剤を世に出した先駆者ですから、世界的にもシェアは大きいですね。でも、今は他の新薬も次々と開発されて新規参入が多くなっています。……そういえばアメリカのとある研究機関で一時期、リードマンケミカルによる妨害工作が取りざたされたことがありました。リードマン側は疑惑を完全に否定していますが、もしかして東條製薬でも同じようなことがあったとか?」  その稜弥の質問に彩都は曖昧な微笑みを浮かべた。そうか、だから宣親は稜弥を警戒したのだ。リードマンケミカルとトクシゲ化学薬品は繋がっているから、島田の縁戚だという触れ込みの自分を疑うのは仕方のないことだ、と稜弥は理解した。 「とにかく早く東條先生の抑制剤が簡単に使えるようになって欲しいよ。そうしたら花菜だって普通の女の子の生活ができる。発情期のたびにビクビク姿を隠すこともなくなるしな」  孝治が優しい眼差しで隣の花菜を見つめた。花菜ははにかんだ笑顔を見せ、亜美や由香里も、そうね、と頷く。彩都もそんな学生たちを柔らかく見ているが、ことはそんなに簡単ではないと稜弥はわかっている。

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