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第二章(14)
急に島田が黙りこんだ。さすがに機嫌を損ねたかと思っていると、
「オメガフェロモンの抑制剤は女よりも男のほうが効きが悪い。それだけ製造には時間も手間も金もかかる。でも確実にニーズがあるのは男のほうだ。昨日まで部下や同僚に威張り散らして、経済紙の表紙を飾って女にも不自由しなかったイケメンエリートが、ある日突然、馬鹿にしていた大勢の男達によってたかって輪姦されるさまなんて、想像するだに恐ろしいよ。ようは男に売るほうが金になる。だから、徳重社長は目の上のたんこぶの東條宣親を殺したいくらいに疎ましく思っている」
「おい」
「言い過ぎた。でもさ、早いと思わないかい? 俺の調べだと東條製薬が抑制剤の研究を始めたのは十年前からだ。八年前に当時、まだ研修医だった東條宣親が本格的に参加して、一気に成果が上がっている。それも驚きなのはリードマンケミカル製の抑制剤をまったくベースにしていないことだ。今、世界で出回っている抑制剤はリードマンの技術を元にしないと作れないのに」
「……それだけ東條先生が優秀ってことさ」
「あの人はベータなんだぜ? さすがにアルファでもしがないサラリーマンの俺はヘコむよ。だけど腐っていても仕方がないから、どうしてこんなに早く成果が出たのかって考えたんだ」
不本意だが稜弥は島田の話に興味を持った。確かに宣親の薬の開発速度は異様なほどに早い。
「それで答えは得たのか」
「まあ単純なんだけどさ。東條製薬は医療薬では日本トップの会社だ。昔からのノウハウを元に、女向けの抑制剤なら低用量ピルや生理薬を応用すればいい。それに多分、かなりの早い段階で臨床試験に協力的なオメガがいたんだと思う」
「あの三人以外に?」
「日本では未だに希望者にしか第二性検査が行われていない。それも未成年者には極端な程に慎重だ。アメリカでは思春期からの抑制剤使用が効果をあげているというのにね。そこら辺の倫理観が違うから成人でないと治験の協力を仰げない。ねえ稜弥くん、新世代性ワーキンググループっての聞いたことある?」
「ああ。東條先生が参加者の一人だと聞いた」
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