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第三章(2)
ぱらりと捲った次のページには、早朝の薄暗いなかで風に流れる無数の花びらが舞う場面が切り取られている。彩都はこのページを見るたびに、自分の左胸を知らないうちに強く押さえてしまっていた。
「七瀬先生、どこですか」
温室の扉が開く音と共に彩都を呼ぶ声がした。その心地の良い声に、彩都は今度は意識をして胸を押さえると「ここだよ」と返事をした。
「探しましたよ。てっきり第二温室にいるんだと思ってました」
「第二温室にも行ったんだけどね。気になってここに帰りに寄ったんだ」
颯爽と近寄ってくる稜弥の姿が、風を通すために開けている天井からの日の光を纏って眩しく思えた。
稜弥が座り込んだままの彩都に向い少し腰を屈める。そして膝に拡げた写真集を認めて、笑みをこぼす。
「忙しいからここに逃げてきたんですか」
「違うよ。ちょっと苗木の様子をね。でも今回も上手く根がつかなかった」
沈みがちの彩都の声に稜弥がプランターを見て「残念ですね」と言った。
「神代くん、この山桜の枝をゲノム検査にかけてもらえるかな。多分、前と同じ結果になると思うけれど」
「わかりました。第三塩基配列に異変があるかを確認すればいいですね」
頷いて吐息をつく彩都の横に、なぜか稜弥もそのまま座り込む。まだ充分に二人の体には開いているのに、空気中を伝って稜弥の体温が仄かに感じられる。途端にドキドキと鼓動が早くなり始めて、彩都は気を逸らすように早口で問いかけた。
「なにか用だった? 誰かから急ぎの電話かな。それとも宣親が来たとか」
「急ぎという訳では無いですが、帝都大学の坂上教授が来月の学会後に開催される市民フォーラムへの参加の返事が欲しいと。いつも断ってばかりだから、今回はなにがなんでも出てくれ、どのことでした」
はああ、と彩都は肺の中の空気をすべて吐き出した。本当に気の重いことばかりだ。学会でさえできるなら欠席にしたいのに。
「嫌そうですね」
「嫌そうじゃなくて嫌なんだ。去年までは海外で開催だったし、宣親の知り合いに頼んで、外務省から渡航不許可を出してもらったから、大手を振って欠席できたのに」
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