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第三章(3)

「渡航不許可って……。いくらなんでもやり過ぎでは」 「いいんだ。僕なんて大した研究者じゃ無いんだから、欠席したところで影響ない。それに桜斑病キャリアだから案外簡単に外務省は不許可にしてくれた」 「全世界を飢餓から救った植物学者が言う台詞では無いですよ」  ハイパーウィートは、桜の苗木にストレス耐性をつける実験を行っているうちにできた偶然の産物だった。試しに鳥取の砂丘と北海道の湿原で育ててみたら、枯れもせずに実をむすんだ。成長度合も今までの小麦よりも早く、アレルギー反応も少ない。彩都が何の気なしにまとめて、大学の紹介サイトに載せた研究成果が、何と科学誌のネイチャーに取り上げられ、世の中の学者に注目された。それからさらに改良を進めて、アメリカでハイパーウィートの大規模栽培実験に成功すると、彩都の名は世界に知られるようになった。  一躍時の人となった日本人植物学者にこぞって有名科学誌やマスコミがインタビューを申し込んだ。でも彩都はそのいずれも断った。姿かたちが見えないこの学者は、本当は実在していなくて『七瀬彩都』は個人ではなくどこかの研究チームの名では無いかと噂された程だ。 「三年前に帝都大学の坂上教授から、他の農作物にもハイパーウィートの理論を応用できないかって話があってね。何度か会って話をするうちに、あの人が懇意にしている農業雑誌の記者に僕のことを言っちゃったんだ。そしてたまたま撮られた写真が世に出回って、講義中にも明らかに学生じゃ無い人たちが、たくさん押しかけて来るようになった」  人類を救ったヒーローはまだ二十代の若者。それも見た目も良いとなれば世間は放って置くわけもなく、露骨な他大学からの引抜きやストーカー紛いの取材合戦に彩都の生活に支障が出始めたころに、副学長になったばかりの宣親が業を煮やして彩都の講義はすべて取り止め、この山奥の研究施設を与えてくれたのだそうだ。 「今年は坂上教授の長年の働きかけで、久しぶりに日本で国際学会が開催されるんだ。坂上教授いわく、日本から出られない僕のためにってことらしい。でも有り難迷惑も甚だしいよ」

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