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第三章(4)
鎖国が解かれてから海外との人の往き来も戻ってきたが、五十年前当時と同様とは言い難い。桜斑病ウイルスはすっかり無害化されたとはいえ、未だに年配者のなかには恐れを抱く人もいる。特に先進国で最初に大流行を引き起こした日本には、厳しい目を向ける国も少なくなかった。
文句を言いつつも、彩都は着々と学会での講演の準備を進めている。今度、発表するのはハイパーウィート理論を応用した稲の成育について。これは稜弥が研究室に来てから飛躍的に成果が出て、稲作が主となっている国々には喉から手が出るほどに待ち遠しい発表だった。
稜弥のお陰で、大麦や大豆への転用も当初のスケジュールよりも早く進んでいる。そのぶん、彩都は本来の桜の再生の研究に力を入れる時間が増えてうれしい限りだ。そして何よりも……。
――ゴロゴロゴロ……。
かなり遠くで響いた音に、彩都はその場で飛び跳ねた。
「先生、どうしたんですか」
慌てて立ち上がった彩都の膝から滑り落ちた写真集を、土の上に落ちる直前に拾い上げた稜弥が驚きの視線を彩都に向けた。彩都はこれでもかと大きな瞳をさらに見開いて、
「いま、カミナリ鳴った?」
「これから局所的に激しい雷雨になると、天気予報研究会がキャンパスラジオで言ってました。なので先生を迎えに来たんです」
東條大学のお天気オタクたちが発表する天気予報は、政府のウェザーニュースよりも格段に精度が高い。
見上げてみると開放された温室の天井から重たい雲がみるみるうちに迫ってくるのが認められた。
「これは酷くなりそうだ。屋根を閉めて早く帰ろう」
彩都が言う前に稜弥は動き始めていて、大きな屋根は轟音を響かせながらゆっくりと閉まっていった。
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