45 / 181

第三章(6)

 首にかけたタオルで顎に滴る水滴を拭う稜弥に「さすが」と亜美がよろこんだ。 「全米で人気ナンバーワンの恋愛ドラマよ。やっとレンタルできたの」  画面の男女は流暢な日本語で会話を続けている。今は離れようとする彼女を彼が強引に引き留めている場面だ。 「『運命の恋人たち』 邦題だとこんなタイトルになるのか。確かアメリカを離れる前にセカンドシーズンが始まっていたな」 「ああっ、ストーリーのネタばれはしないで!」  亜美と由香里が稜弥を慌てて止めている。彩都はテーブルの上のブルーレイディスクのケースを手にとって、裏面のあらすじに目を通してみた。アルファの弁護士とオメガの女性の話だ。彼は自分の結婚式の日に参列した新婦の友人である彼女と初めて出会い、互いが運命の相手だとわかってしまう。彼女はオメガであることを周囲に隠していたが、彼との邂逅がさまざまな試練を呼ぶ、というもの。そのあらすじの文章のなかに一際、彩都の目を引きつけた文字があった。 「……魂の番?」  小さく囁いた彩都の声を掻き消すように派手な音が廊下から響いた。雷鳴とは明らかに違う音に、その場の誰もが息を飲む。 「これはガラスを破った音ですね」  冷静に言った稜弥のあとに続けて、彩都は小さなくしゃみをした。 「外に置いていた、空の植木鉢が風に飛ばされたのかも」 「わかりました、俺が見てきます。先生は自室に戻って着替えをしてください。この大事な時期に風邪でも引かれると大変ですから」  一緒に行くと言う間もなく、稜弥は視聴覚室を飛び出した。彩都はその素早い動きに目を丸くしたまま、くすくす笑う亜美たちに、 「彼が戻ってきたらシャワーを貸すから僕の部屋に来るように言っておいて」 「わかりました。でも着替えは? 先生の服は彼には小さくて着られないと思いますよ」 「服なら孝治のがあるんじゃない? 花菜がきちんと洗ってあるんでしょ?」 「……はい。でも、こうちゃんのでも、か、神代さんには、少し、小さいかも……。わたし、着替え、取ってきます……」  蚊の羽音よりも微かな花菜の申し出に礼を言った彩都は、部屋を出る間際に彼女たちに問いかけた。 「ところで、魂の番ってなに?」

ともだちにシェアしよう!