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第三章(14)
迷惑になると後悔したばかりなのに、あの悪夢の体験を思うと彩都は宣親にきつく縋った。
「僕をどこかに閉じ込めて。二度と他の誰とも会わないように」
両親が亡くなったあと、育ててくれた祖父がもう一度見たいと言った桜を再生させたかった。親がいないから、桜斑病のキャリアだから、と言い訳などせずに勉学に励んで最高峰の大学に飛び級で入学した。農学の権威の教授に師事をして、毎日が変化は無いけれど充実していた。そのうち、愛する人と出会い、あたたかい家庭を持って、休日には家族と蘇らせた満開の桜の下を散歩するのが夢だったのに……。
「彩都、俺に協力してくれないか」
宣親の声が耳元で響く。反応の無い彩都がそれでも聴いているだろうと宣親は話を続ける。
「今、東條製薬では第二性のための抑制剤を研究中なんだ。もう二年も前から行っているプロジェクトだが、なかなか成果があがっていない。実は俺は来月からその研究チームに入ることになった」
「どうして? 宣親は脳外科医になるんじゃ……」
「東條の家に生まれたからには現場の医師なんて端から続けられない。兄貴たちも俺の歳のころにはいくつかの会社を任されていたしな。お前は医療部門を見ろと親父に言われたんだ。そこでだ、彩都。お前に俺の造る抑制剤の治験者になって欲しい」
「治験者……」
「今、アルファやオメガに処方しているアメリカ製抑制剤はお前も経験したように酷い拒否反応を示す人が多い。だから早く国産で誰もが安心して使える、そして安価な薬が必要だ。その薬の開発にお前の力を貸して欲しい。治験者はアルファやオメガなら誰でもいいというわけじゃない。そもそも男性オメガは希少だし、まだリスクも高い。でも、」
「やるよ、宣親。僕は協力する」
頭で考える前に心が返事をしていた。
「こんな僕が少しでも役に立つなら喜んで協力する。ううん、協力させて欲しい。これが今まで宣親が僕にしてくれたことの少しでも返せるのなら」
勢い込んで話す彩都の髪を撫でて宣親が笑った。
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