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第三章(17)

 春の終わりから成分配合を変えた新しい抑制剤を試している。彩都がほぼ一人で担ってきた男性向けの抑制剤の治験も、今年に入って新たに成人を迎えた第一世代の若者三名と、今まで隠れるように暮らしてきたゼロ世代の会社員一名が参加してくれるようになった。そのため、宣親が彼らのデータも踏まえた薬を作ったのだ。 (やっぱり今回のは少し効きが悪い。前のならまだ発情期のひと月前にこんな反応は出なかったのに)  新しい試薬を飲み始めてから、そうでなくても不安定な発情周期がここのところ乱れているようだ。このままいくと来月の学会と発情期が被る可能性もある。 (でも、飲み始めたころは以前の試薬よりも効果が現れていた。……そうだ、あの日、神代くんに初めて出逢ってから効き目が薄れているように思える)  あくまでそれは自分の感覚だ。他の男性オメガの被験者たちからは一様にとてもいい結果が寄せられている。試薬は通常の時は一日に一度、そして発情期の一週間前になると朝晩の二回を処方される。服用する時間を決め、せっせと薬を飲み込む彩都に稜弥が一度だけ、「その薬は一体なんなのですか」と聞いてきたことがある。そのときは桜斑病ウイルスの活動を抑える薬だと誤魔化した。  宣親の研究に対し、それをよく思わないライバル会社もある。一年前に東條大学医学部のネットワークがハッキングされるという事件があった。それ以外にも東條製薬に近づくスパイや、協力してくれるアルファやオメガに金銭の授受を持ちかけ、研究データを狙うという事象も発生していた。現に彩都もオメガであるとは誰にも知られてはいないが、宣親に一番近い人物ということで怪しい男達に周辺を彷徨かれたこともある。  だから宣親は、神代稜弥に注意しろ、と彩都に言ったのだろう。彼の持つアメリカの第二性証明書にはベータと記されてはあったが、ベータのなかにもオメガの放つフェロモンの香りに当てられる人もいるからだ。それに宣親がフェロモン抑制剤の段階使用を正式に厚生省へ申請してからというもの、彼らの妨害工作はさらに目に見えるようになってきた。

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