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第三章(19)
そこまで言った台詞が途中で止まり、彩都は声の方向へ視線を向けた。暗がりの中なのに、稜弥の背の高い姿はまるで浮かび上がるように彩都の目にはっきりと捉えられた。
驚きでその場に立ちすくむ彩都を、稜弥も黙ったままで見つめている。彩都はおろおろと視線を泳がせると、ふと稜弥の視点が自分のある部分に注がれているのがわかった。
(彼は……、僕の左胸を見ている……?)
左の胸から肩にかけて広がるたくさんの薄紅色の斑点。それは左肩から背中に向けても存在する桜斑病の名残りだ。稜弥の視線は転々と、彩都の素肌に浮かんだ桜斑をまるで星を繋いで星座を浮かべるように細かく動いていた。
なぜバスタオルを脱衣場に置いてきたのかと後悔しながら、彩都は隠すようにそっと左肩に右手を添わせて、
「ごめん、こんな気持ちの悪いものを見せてしまって」
急に稜弥がびくりと震えると、いいえ、と大きくかぶりを振った。稜弥は迷いなく彩都へ距離を詰めて、そして今度はしっかりと視線を合わせた。
「すみません、ジロジロと見てしまって。でも……、とても美しかったものですから」
「美しい……?」
「そうです。気持ちが悪いだなんてとんでもない。これが桜斑なんですね、初めて見ました。白い肌に淡く浮かび上がって、まるで静かな水面をたゆたう花びらのようだ」
普段から口数が少ないからあまり気にしなかったが、海外生活が長かったせいか稜弥は顔に似合わず直線的に思ったことを言う。自分の肌の病の痕を桜の花びらに見立てられて、彩都は顔を赤くした。
「桜斑と昔の日本人が名付けたのは分かる気がします。これが病の末期症状だったなんて……、なんて哀しく儚いんだ」
すっ、と稜弥の手が上がったかと思うと、本当に自然に彼の指先は彩都の胸に散る桜斑のひとつをなぞった。
「あっ……」
小さな電流が触れられた痕から生まれる。声をあげた彩都は、肩を隠していた右手で今度は口を覆った。
稜弥はゆっくりと彩都の素肌に指先を這わせた。どうしてこんなことを彼がするのかわからないまま、彩都は口を押さえて漏れそうな声を我慢した。
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