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第三章(21)

「うわあああッ!」  恥ずかしさなど一気に吹き飛んだ。空気を伝わる凄まじい光と音が体に叩きつけられて、彩都は咄嗟に目の前の逞しい胸にしがみつく。両耳を塞がれているのに雷はビリビリと鼓膜を何度も振るわせ、雷鳴が轟く度に彩都はきつく目を閉じ肩をすくませた。  彩都と同じように閃光が走ると、部屋を遠く隔てた廊下の向こうから亜美たちの悲鳴がこだまする。落ち着け、と女の子たちに呼びかけているのは、帰ってきた孝治の声だろう。 「……先生、七瀬先生」  彩都は耳元ではっきりと聴こえた稜弥の声に顔をあげた。そこにある稜弥の顔の近さに大きく目を見開く。いつの間にか稜弥の両手は彩都の耳から外されて、代わりに軽く背中に廻されていた。 「もう通り過ぎたようです。でも本当に雷が苦手だったんですね」  彩都を見おろして笑う稜弥に体を預けていることを認めると、彩都は耳まで一気に赤くなった。 「な、情けないところを見られたな……」  慌てて稜弥から離れようとした。しかしその彩都の動きは力を込められた稜弥の腕に阻まれた。  抱きしめられて、鼻先を掠めた稜弥の体臭に体の芯が熱くくすぶり始める。 「神代くん、もう平気だから離して欲しい……」 「先生、この香りはなんですか」  首すじに鼻を寄せた稜弥の問いに言葉を失う。 「温室にあった花の香りですか? 今まで嗅いだことの無い匂いがします」 「た……、多分、前に学生が育てていた新種のシンビジュウムが花を咲かせたから……、その香りかな」  咄嗟に温室に咲いていた花を思い出して答えた。 「君からも何だかいい匂いがするよ。なにか香水でもつけているの?」  反対に問いかけると、稜弥は彩都の背中から両手を離して一歩後へ下がった。じっと彩都の顔を黙ったままで見つめて、あまりの沈黙に堪えかねた彩都がぱちぱちと瞬きを繰り返すと稜弥はまた笑顔で、 「ええ。向こうでは良くつけていたんです。こっちに越してきた時の未開封の段ボール箱のなかに入っていたのを見つけたので、つい懐かしくなって。つけすぎたかな? 臭いですか?」 「そんなことはないよ、とても良い香りだ。日本でも売ってるの?」 「残念ながら俺も貰ったものなので」  先ほどよりも稜弥から香る匂いが薄れているような気がした。それがちょっと残念に思える。 「それよりも先生、早くなにか羽織らないと風邪を引きますよ」  稜弥に指摘され、彩都はやっと自分が未だに上半身裸なのに気がついて、慌てて寝室に駆け込んだ。

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