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第四章(3)
トクシゲ化学薬品は元々、農薬や肥料、工業用の薬を作っていた小さなメーカーだった。それが徳重剛造が社長になってから、真っ先にアメリカのリードマンケミカル社とオメガフェロモン抑制剤販売の独占契約を結び、取り扱いを始めると、みるみるうちに国内第二位の製薬会社へと成長した。だが現在、欧米ではリードマンケミカルの抑制剤で健康被害を訴える人が多くなり、薬害訴訟もいくつか行われていると聞く。
「あの御仁は次回の総選挙に出るらしいぞ」
「あんな年寄りになにができる」
「おいおい、桜落の大災禍の前は七十、八十のじいさん達が普通にこの国の舵取りをしていたんだぜ」
「考えるだけで恐ろしいな。だから安易に鎖国をするなんて選択が罷り通ったんだ。それに、今になって偉い議員様になってなにをする気だ? いよいよ本気でアルファがベータを支配して、オメガを奴隷のように扱う政策でも打ち立てるのか? それとも、日本中の薬品はすべてトクシゲ製以外使うなと言う御触れでも出すのか?」
「俺に聞くなよ。だが、確かにキナ臭い動きはしているようだな」
二階堂が執務用の机の抽出しから分厚いファイルを数冊取り出すと、宣親の前に積み上げた。
「創世会病院って知っているか?」
「知らん」
「多摩地域にある病院だ。元は精神科の病院だったんだが一年程前にリニューアルして、会員制の総合病院に替わった。なんでもセレブ相手に美容整形や健康診断、フィットネス施設に高級フレンチまで楽しめるレストラン、それにバーまであるから、病院とは名ばかりのリゾート施設だな。でも医療機関らしく極秘で手術も行うから、芸能人やエグゼクティブなんかに人気があるようだ」
ふうん、と特別興味も無さそうに宣親は返事をした。しかし、続く二階堂の話は宣親の怒りの沸点を軽く超えた。
「その創世会病院がもうひとつ力を入れていることがあってな、それが簡易の第二性診断だ」
「なんだと?」
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