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第四章(8)

「えっ、そのポスドクに七瀬がオメガだと打ち明けたのか?」 「まさか。ただ、桜斑病キャリアで体が弱いと説明はした。おかげで俺の目の届かない時も彩都の面倒をみてくれているよ」  以外な宣親からの答えに、二階堂は驚きを隠せない。 「三ヶ月前のアメリカからの帰国者か。一応そのポスドクの名前を教えてくれるか。七瀬は国の貴重な人材で、厚労省の重要プロジェクトの参加者なんだ。俺にもそう言ったことは伝えておいてくれないと困るな」 「そうだったな、すまない」 「それにさっきの会合で話が出たとは思うが、警視庁の俺の知り合いから気になる話を聞いているんだ。ここ数ヶ月、若者の行方不明者の捜索依頼が管内で増えているらしいんだが、そのほとんどが例のサイトでオメガ性だと判断された人たちらしい。みんながみんな、オメガだということを悲観して自ら失踪するなんてありえない。警視庁は何らかの事件に巻き込まれたのではないかと密かに捜査を開始している。お前のところにも多くのオメガがいるんだから、彼らの周囲には充分に気をつけてくれよ」  わかった、と返事をして宣親は彩都を迎えに行くべく、二階堂の元をあとにした。 *****  万来の拍手が鳴り響くなか、はにかんだ笑みを浮かべた彩都はもう一度深々とお辞儀をしたあと、そそくさと壇上から舞台袖へと姿を消した。薄暗い舞台袖には今回の学会を運営した各国のスタッフや農水省職員たちが、スタンディングオベーションの観客と同様に両手を叩いて彩都を迎え入れた。口々に彩都への賞賛を称える人々のなかに彩都は稜弥の姿を探したが、次から次へと握手を求める関係者に視界を阻まれて見つけることができない。  今、彩都の右手を両手で包み、ぶんぶんと振り回して興奮気味に話しているのは中国の研究者だ。通訳が追いつかないほどに早口で「今度、ぜひ我が国で研究をして欲しい」と大っぴらに口説いてくる。曖昧な笑みを返し、運営スタッフが彼を彩都から引き離しても、その後ろには列を成して各国の名立たる研究者が一言、彩都に挨拶がしたいと手ぐすねを引いて待っていた。

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