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第四章(12)
「神代くんはアルファではないそうです」
「ほう、あれで? 人は見かけには寄らないんだな」
坂上は彩都に座るように促すと、用意されている飲み物の中のポットからコーヒーを紙コップに入れて差し出してくれた。彩都は礼を言うと、会議机の上に自由に取れるようにと置かれているスティックシュガーとミルクを二つコーヒーに入れて、小さなプラスチックスプーンでくるくると掻き混ぜた。
ふうふうと冷ましてコーヒーを口にする。長い時間ポットに入れられていたのだろう。コーヒーはそんなに熱くもなく、講演後でほっとしたのもあったのか、喉の渇きに彩都は紙コップの中身を半分ほどその場で飲んだ。坂上は立ったまま同じように紙コップに口をつけたが、それをテーブルの上に置くと座る彩都に近づいた。
「七瀬君、今夜のパーティーはどうしても出席できないのかい?」
「すみません。数日前から体調が優れなくて。パーティーの途中で帰るのもゲストのみなさんに失礼だと思いましたし、それにあまり多くの人の前に出るのは得意ではないんです」
「うん、わかっているよ。そんな人見知りのところが、君を魅力的にしていることもね」
坂上の手が彩都の肩に置かれる。その重さがいつもよりも気になって、彩都は思わず坂上を見上げた。彼は意味ありげな微笑みで彩都を見つめて、その表情にゾクリと体が震える。彩都は坂上の様子に不穏な空気を感じて、椅子から立ち上がろうとした。その時。
――どくんっ。
急に心臓が激しく鼓動を始める。思わずスーツの上から胸を押さえた。しかし、ドキドキと動悸は治まるどころか激しさを増して、体が芯から熱くなってくる。こめかみから冷や汗が伝い、彩都は口で大きく呼吸を繰り返した。
(なんだ、どうしたんだ? 急に体が火照って……)
彩都は自身の変化を悟られないように、何とか平静を装った口調で坂上に言った。
「あの……、もうそろそろ迎えが来るので、僕はこれで……」
「まだいいじゃないか。コーヒーのおかわりはどうだい?」
「いえ、もう十分です」
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