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第四章(13)
立ち上がろうとする彩都の肩を坂上の手がぐっと押さえる。手に持った紙コップを取り上げられてテーブルに置かれると、その行方を目で追っていた彩都に坂上が顔を寄せた。
「七瀬君……、とてもいい匂いがするね……」
そう言った途端、坂上は彩都をきつく抱きしめるとシャツの襟元からのぞく白い首すじに唇を這わせてきた。
「さっ、坂上先生!?」
突然、のしかかってきた坂上を避けきれずに、彩都はパイプ椅子から転げ落ちてしまった。その彩都に坂上が覆い被さると、執拗に彩都の首すじに鼻を擦り寄せてくる。
「なっ、なにをするんですか!」
つう、と襟足に湿ったものが這う。急にその部分からぞくぞくとした感覚が生まれ、あっという間に全身に広がっていく。
「んんッ」
首すじに走った電流に思わず喘いでしまい、慌てて口を押さえる。彩都は体の奥から湧き始めた熱に覚えがあった。
(ヒートが始まった!?)
「ああ、七瀬君、なんて君はいい香りがするんだろう」
囁いた坂上の吐息が耳朶の産毛を揺らす。ビクンッと肩を震わせた彩都を見下ろす坂上の口角が卑屈に引き上げられていく。いつもの坂上からは思いもよらない獣の雰囲気に、彩都の本能が危険を察知した。
「今日の君は本当に魅力的だ。こんなところで私を誘うなんていけない子だな、君は」
豹変した坂上が彩都の上着に手をかける。迫る危険に彩都は何とか抵抗を試みるが、体が熱く火照って力が思うように入らない。それでも、
「先生! 坂上先生、やめてください! ……ああっ!」
スラックスの上から股間をまさぐられた。坂上の手に握られた自分自身がすでに硬くなっている事実に、彩都は打ちのめされる。確かに発情の兆しがあったとは言え、今朝は用心のために多めに抑制剤を服用してきた。まさか人前でこんなことになるなんて思いもしなかったのだ。
坂上はアルファだったのだろうか。第二性のゼロ世代はある日突然、本当の性に気づくことが多い。もし、自分のオメガフェロモンが坂上の隠されていたアルファ性を呼び起こしたのだとしたら……。
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