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第四章(17)

 彩都が薬を飲み込んだのを確認して、ようやく稜弥が唇を離してくれる。彩都は酷く咳き込んだが、飲み込んだ薬を吐き出すことはしなかった。咳が治まるまで丸めた背中を稜弥が優しくさすってくれて、彩都は少しずつ冷静を取り戻していった。いつもの喘ぎとは違い、新鮮な空気を肺に送り込むための呼吸を繰り返す彩都の横で、稜弥はスマートフォンを取り出して宣親に電話をかけた。 「東條先生、今どちらに? ……そうですか。実はトラブルが発生しました。できれば警備員と一緒に来てください。……五分後ですね、よろしくお願いします」  ぐったりとソファに凭れる彩都に稜弥が手を伸ばした。汗で張りついた前髪を額から指先でかき分けて、目尻から溢れた涙を親指で拭ってくれる。まだ体の熱は燻っているが、一度達したのと稜弥の優しい指先の動きに彩都の少しだけ気が紛れる。 「すぐに東條先生が来てくれます。病院で診てもらいましょう」 「神代くん……。僕がオメガだって……、いつから気がついていた?」  彩都の乱れた衣服を整える稜弥に問いかけた。稜弥は彩都のシャツのボタンを一番上だけ残して嵌め終わると、 「最初から。初めて、あなたと会った時から気がついていました」 「さ……いしょ、から……? どう、して……、わかった……」  稜弥が彩都に視線を合わせる。彩都も稜弥の瞳を見つめたいのに、酷い倦怠感が体中を包んで意識が朦朧としてきた。落ちそうな瞼を必死に開けていたが、とうとう彩都は眠気に抗えなくなる。狭くなる視界に稜弥の顔が大きく映った気がした。なにも見えなくなったあと、あたたかなものが彩都の唇をそっと押さえて、そして離れていく。それが稜弥の唇だとかろうじてわかったのは、離れざまの彼の吐息から、あの爽やかな香りが微かに匂ったからだった。 「あの時、すぐに理解しました。先生、あなたは俺の……」  稜弥の呟きを最後まで聴くことなく、彩都は意識を失った。

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