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第五章(13)

 東條製薬研究チームが厚生労働省に申請していたフェロモン抑制剤は、年明けに女性オメガのみに使用の認可がおりた。まだ、指定医療機関でしか入手できず、それに保険適用も無いが、副作用の少ない国産の抑制剤は多くの女性オメガたちや医療関係者に好評だ。今の機運を逃すまいと宣親はますます、男性オメガ向けの抑制剤開発に力を入れている。  荷物を仕舞い終わった花菜が、見るからに重たそうなトートバッグを持って席を立つ。そのトートバッグを稜弥が先に取り上げると、ヒョイと肩にかけた。 「そ、それ、本いっぱいで、重たいっ、から……」 「うん、だから俺が持ってあげる。さ、行こう」  慌てる花菜を促して図書館を出たとき、後ろから数人の女の子が稜弥たちを引き止めた。彼女たちを見て、明らかに花菜が怯えているのが稜弥にはわかった。 「こんにちは~。あのお、坂本さんのお知り合いですかあ?」 「わたしたち、坂本さんと同じ学部なの。よかったらどこかでお茶しましょうよ」  まったく花菜とは相容れない派手な容姿の女の子たちだ。稜弥を媚びるように見上げて、自分の誘いを断る男なんているはずがないとの自信まで漂っている。しかし稜弥は、 「ごめん、これから急ぎの用事があるんだ。それに俺は研究室に籠りきりだから、今後も誘いには応えられない」  信じられないとの表情さえ隠すことを忘れた女の子たちを置いて、稜弥は花菜と図書館前の駐車場へと歩き出す。その時、彼女たちから「淫乱」「オメガのくせに」との、これ見よがしな陰口が二人の背中に投げかけられた。 「それは、もうちょっと神代くんが、うまく立ち回らないといけなかったんじゃないかな」  由香里がすでに気持ちよく酔っ払っている亜美からビールの空き缶を奪い取って、稜弥に苦言を呈した。いつの間にか、研究棟の視聴覚室は学生たちのダイニングルームに変わってしまい、自然とみんなで夕食を囲むようになっていた。稜弥は食べ終わった皿を持って、由香里が宣親に願い出て作ってもらったキッチンのシンク持っていくと、由香里は手際よく洗い物をしながら皿を受け取り、稜弥に苦言の意味を説明し始めた。

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