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第五章(18)

 ふと、隣の稜弥が動いた気がした。すると急に頭が大きなものに覆われて髪の毛が乱れた。彩都は稜弥の手が自分の頭を触っていることに気がつく。驚いて稜弥を見ると、彼は優しく笑って何度も彩都の頭を撫でていた。 「あの、神代くん? なにをしてるのかな」 「先生がとても頑張っているので、誉めてあげようと」  さらりと言った稜弥は、なおも彩都の髪に触れる。彩都は撫でられる心地よさと恥ずかしさに膝を抱え込んだ。 「ははっ、恥ずかしいな。頭を他人に撫でられるなんて何年ぶりだろ」 「そうですね、俺も久しく撫でられてないです」 「だ、だよねっ。……だから、えっと……、誉められるって、いくつになってもうれしい……かな」  するっと稜弥の指が柔らかな髪の間をすり抜ける。そしてまたすぐに差し込まれると、とうとう、くしゃ、と軽く掴まれてしまった。目の前の新芽をじっくりと見たいのに、視点が揺れて観察どころではない。でも、やめて、と言うのも何だか勿体無くて、彩都は黙って稜弥の指先の動きを感じていた。 「先生は桜を蘇らせる以外に夢はあるんですか?」  急に稜弥から質問を返されて彩都は返答に詰まった。確かに今の自分は祖父が語ってくれた、日本列島を染めた桜の咲きほこる姿が見たいと、夢に向かって研究を続けている。けれど、もしもそれが叶ったら、そして叶わなかったら、他に代わる夢はあるのだろうか。 「例えば、誰かと生涯を共にするとか、そういう未来を考えたりは?」 「はは。川根さんがよく言ってるね。結婚のこと?」 「いえ、結婚でなくていいんです。隣に寄り添ってくれる人を見つけようとか思わないんですか?」  やけに突っ込んだ質問を繰り返す稜弥に、彩都は曖昧な笑顔を見せた。 「……僕は、自分がオメガだとわかった時に結婚や恋愛は諦めたんだ」 「どうして? アルファと番えばヒートに苦しむことも無くなります」 「それだからだよ。自分が楽になりたいからって他人を巻き込みたく無いんだ。そんなことをするくらいなら僕は一生ひとりでいい」

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