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第六章(5)

「お前、薬をキメてるな。それも斉藤が用意したのか」 「クスリは先輩が知り合いから流してもらってるって言ってた。その知り合いがあの女がオメガだって教えてくれたって。それ以外、俺は何にも知らないッ」 「他の奴らはどこにいる」 「まだオメガがいるから狩ってくるって先輩と出ていった。うちの大学の農学部研究棟に隠れ住んでいる……」  急に男はブルブルと震えだすと、口から泡を噴き出して気を失った。極度の緊張とセックスドラッグ、アルファエデンの過剰摂取だ。 「……偽りのアルファの天国を覗き見た報いだ」  稜弥は男から手を放すと、甘い香りの漏れだす部屋へと入る。その部屋はこのクラブのVIPルームなのだろうが、ソファの代わりに大きなベッドが置かれ、ここに連れ込んだ者を蹂躙するために造られている部屋なのは一目瞭然だった。  そのベッドの上で、ぐったりと動かない花菜をシーツに包んで抱きしめる孝治の背中が震えている。稜弥は二人に近寄ると、血の気の無い花菜の口元に手のひらを翳した。浅い呼吸を感じてほっとすると、花菜から可憐なフェロモンの匂いが立ち上った。 「彼女は発情している。ここにいると他のアルファが彼女の匂いに誘われるかもしれない。早く連れだそう」 「神代……、花菜はだめなのか? こんなに体中を咬まれて傷だらけにされて……。花菜はもう他の男のものになっちまったのか?」  花菜の体を包んでいる布をそっと捲る。現れた肩口は痛々しい歯形が赤く残されている。そして花菜の細い首には太くて武骨な首輪がきっちりと嵌められていた。稜弥はその首輪と首の間に指を差し込み、花菜のうなじを確認すると、 「首すじは噛まれていない。元々、奴らは番うことを目的にはしていなかったんだ。だけど女性オメガの妊娠率は高い。一刻も早く避妊処置をしてもらわないと手遅れになる」  首輪を外していると、革に刻まれた幾何学的なマークが稜弥は妙に気になった。  稜弥はベッドから降りて床に散乱する花菜の服や鞄の中身を拾い集めた。その間も孝治は涙声で花菜に呼びかける。なんとか孝治を立たせて、稜弥たちは店をあとにした。

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