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第六章(6)

 附属病院の救急入り口には、宣親と医療スタッフが受入れ準備を整えて待っていた。ストレッチャーに乗せられた花菜が処置室へと消えると、孝治はその場に泣き崩れ、亜美と由香里が両脇を支えて孝治を廊下の奥へと連れていった。  慌ただしくスタッフへの指示を終えた宣親に稜弥はあるものを手渡す。それは花菜が必ず持ち歩いているポーチだ。宣親がポーチを開けてなかを確認した途端、額に幾筋も血管を浮き立たせて叫んだ。 「なぜ薬がないんだ! まさかこのせいで彼女は発情を抑えられなかったのか!?」 「ええ。多分、たちの悪い悪戯です。中の薬は隠されたか、捨てられたか……」 「なんてことを! 一体どこのどいつだ! あれはただの薬じゃない。彼女を、オメガを守れる唯一の物なんだ。人の一生にも、命にも関わる物を嫌がらせのために盗んで捨てたのか!?」  稜弥の脳裏にはあの女子学生たちの姿が浮かんだ。花菜を睨む嫉妬と嘲りの顔。彼女たちがやったとは思いたくは無いが、それでも疑わずにはいられない。 「薬だけでは駄目なんだ」  苛立ちに壁を拳で叩いた宣親が、肩で息をしながら呟いた。 「世間のオメガに対する偏見がこんな事件を起こす。彼らは劣った存在なんかじゃない。発情期のせいで普通の生活が送れず、仕事や学ぶ機会が失われているだけなんだ。もっと社会が、人が彼らを理解し許容していかないと何も変わらない……」  悔しげに吐き出す宣親に稜弥は小さな薬包を差し出した。 「これは坂本さんが監禁されていた部屋から持ってきました。彼女を拉致した男達が使っていたセックスドラッグです」  受け取った宣親が早速、ひとつの袋を開封して確かめ始める。 「なんの匂いだ?」 「オメガに惹かれたアルファが放つ匂いを真似ているんだそうです。中身はアッパー系の成分が主で幻覚作用も強い。これがあの時に七瀬先生が飲まされたものの正体です」

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