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第六章(7)

 宣親の表情がさらに険しくなった。あの学会の騒ぎのあと、薬物中毒で治療を受けていた坂上は、宣親たちが事情聴取をする前に忽然と姿を消した。そのまま帝都大学も退官してしまい、彩都や坂上から採取した血液からもなんの薬物を使用したのかが判明できずに、宣親は頭を抱えていたのだ。 「このドラッグは、主にベータが性交時の興奮を高めるために使用するのですが、アルファやオメガが服用すると急激な発情状態に陥ります。服用後は体内にその成分が残らないのが特徴ですが、交感神経をダイレクトに刺激するので依存性が強いんです。それに肝機能や心臓に重篤な障害を起こしたり、嗅覚が異常に研ぎ澄まされて、道ですれ違うすべての人からオメガの匂いがすると勘違いをして、襲いかかるといった暴力行為も多発しています。数年前からアメリカでは社会問題となり、今年に入りやっと司法省が危険薬物と認定して、連邦捜査局や麻薬取締局が連携して摘発しているほどの代物なんです」 「そんな危険なものがどうして日本に」 「東條先生、実はこのドラッグにはリードマンケミカルが関わっているとの噂もあります。それが本当ならば日本にはトクシゲ化学薬品を通して持ち込まれた可能性も高い。今夜の事件の首謀者は、斉藤という経済学部の学生のようですが心当たりはありますか」 「あるもなにも、斉藤くんの父親は国会議員で東條大学の理事でもある人物だ。以前は農水省の要職についていた人で……」  なにかに気づいたのか、宣親が大きく目を開いて黙り込んだ。そして、 「農水族の議員は昔からトクシゲとの繋がりが強い。もしかしたらその噂は本当なのかもしれない」 「それならば早めに手を打たないと大変なことになります。本格的に闇社会で流通が始まると大麻や覚せい剤に取って代わる可能性もある」 「わかった。今回ばかりは東條の名を最大限に使わせてもらう。日本でも早急に取り締まれるように各省庁に依頼しよう」  宣親の力強い返事に稜弥が少し表情を緩めた。そんな稜弥になにかを感じたのか宣親はじっと見つめると、

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