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第六章(8)

「君は薬学の知識もあるんだな。前のときも彩都や坂上に的確な救急処置をしてくれた。経歴にはなかったがどこかで学んだのか?」  宣親の質問に稜弥は口を噤む。しかし、宣親の視線は稜弥を探るように鋭く向けられている。その視線から逃れるように気を逸らした稜弥はあることに気がついた。 「七瀬先生はどこです」  花菜を探しに研究棟を出るときに、彩都に亜美たちとここへ避難するように伝えていた。しかし先ほどから彩都の姿が見当たらない。 「彩都なら川根さんたちとここに来たあと研究棟に戻ったよ。なんでも温室の温度管理をオート設定にし忘れたとか……」  宣親の言葉をすべて聞く前に、稜弥は病院を飛び出していた。 *****  暗闇のなかで冷たい地面に座り込んだ。目を凝らすと少しずつ置いてあるものの輪郭がぼんやりと浮かび上がる。心臓の激しい鼓動を抑えるように彩都は胸に手を当てて、あがる吐息も沈めようと口元を覆った。闇に目が慣れてくると、躓いて倒したプランターの土が撒き散らされているのがわかって、急に向こう脛の痛みがはっきりとする。  人の話し声が聞こえてきた。彼らが彩都を追って温室に入ってきたのだろう。 「マジでここにいるのかよ」 「はあ、これだからベータって劣ってるんだよな。わかんねえのか? プンプン臭ってんぜえ、俺を誘う匂いがよ」 「でもよ、あれは女じゃなかったぜ?」 「男のオメガもいるってアイツが教えてくれたんだよ。しかし本当だったんだな、うちの大学が実験のためにオメガの奴らを敷地内に飼っているっての」  亜美と由香里と共に附属病院へ向かい、宣親に状況を説明したところで、彩都は桜の苗木を置いてある温室の自動気温調節をオンにしてくるのを忘れたことを思い出した。温室の様子を見てくると宣親に言い残し、研究棟へと引き返して作業を終えたところで、駐車場の自分の車へと戻ろうとした時に研究棟への坂道を一台の大きなワンボックスカーが上がってきた。

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