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第六章(9)

 ワンボックスカーは駐車場の停車線を無視して乗りつけると、車内から三人の若い男達が出てきて、その中の一人の青年が彩都を見るなり「あいつはオメガだ!」と叫んだ。男の歓喜を帯びた大声に、彩都は恐怖を感じてその場を逃げ出した。  つい、よく知る場所だから温室へと逃げ込んだが、彩都はすぐに後悔した。ここは出入り口が一箇所しかないのだ。それも彼らは温室の照明を切ってしまったようで、いつもは夜でもオレンジ色の灯りをつけているのに、この暗さでは温室の構造に慣れている彩都も、どこになにがあるのかがわからない。 「おーい、逃げても無駄だぜえ。出てこいよ、オメガちゃん」  男達の嗤い声が温室内に響く。時折なにかを倒す音もして、彩都はその度に体が竦んだ。でもこうして隠れていてもいずれは彼らに見つかるだろう。彩都は、なんとか出入り口へ向かおうと混乱する頭に温室内の配置を思い浮かべて、自分のいる位置を特定した。ここなら右手に数歩行けば、ハイパーウィートの生育区画がある。今は人の腰丈ほどに伸びているから、体を屈めれば麦穂に隠れて出入り口まで行けるだろう。幸い、男達の話し声は離れている。動くなら今だ。  彩都は周囲を窺いながらそろそろと動き始めた。脛の痛みが気になったが歩けないほどではない。息を殺し、音を立てないように体を低くして歩みを進め、もう少しで茂る草むらへと届こうかとしたとき、急に男達の走り寄る足音がして、彩都はシャツの襟を掴まれると後ろへと体を強く引っ張られた。 「痛い! 離せ!」 「やっぱ、オメガって馬鹿だな。最初からお前の居所なんてわかってたよ」  ゲラゲラ笑いながら男は容赦なく彩都を温室の出入り口まで引きずって行く。捕まえたぞ、と仲間に声をかけて残りの二人が近寄ってきた。出入り口には温室の外の光が差し込んで、自分を取り囲んで見下ろす男達の姿が浮かび上がっている。男達にも彩都の顔が見えたのだろう。

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