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第六章(11)
「コイツの匂い。だんだん濃くなって、さっきの女よりもマジで脳みそにクる。こりゃスゲエや。あの男に売り飛ばすの、勿体無くなってきた」
斉藤が性急にベルトを外すと、この寒い季節なのに着ている服を脱ぎ捨てた。
「決めた。コイツは俺が飼う。面白いだろ? アルファとオメガは生まれながらに主従関係があるってアイツが言ってたしな。よろこべよ、俺が今からお前を噛んで番ってやるよ。おい、コイツの服を全部剥ぎ取れ」
「いやっ! やめろっ!」
体に力が入らない。彩都のシャツを掴んだ斉藤の体臭に彩都は抗えなくなる。これがアルファの匂い。オメガを支配する絶対的な存在――。
シャツが破られてボタンがいくつか飛んだ。本能はアルファを求めたが、彩都の理性がそれを拒んだ。
「やめろっ! お前なんかと絶対に番いたくないッ!!」
怒りに目を吊り上げた斉藤の拳が彩都に振り下ろされようとする。思わずぎゅっと目を瞑った時だった。
「てめえ、どこからっ、うわっ!」
男達の怒声と激しく殴り合う音がして、やがて斉藤の悲鳴が上がって静かになった。逃げるぞ、と誰かが叫ぶとバタバタと複数の足音が遠ざかる。彩都が薄く瞼を開けると、ぐったりとした斉藤の両脇を二人の男が抱えて逃げ出す姿が見えた。
――、助かった……?
突然訪れた静寂に、彩都は一体なにが起こったのかわからずに戸惑った。周りを警戒しながらゆっくりと上体をあげると、不意に目の前が塞がれる。まだ他に不審者がいたのかと体を固くすると、焦った声が彩都に投げられる。
「七瀬先生!」
「神代くん……?」
その声が稜弥のものだとわかると急に全身の緊張が解けてしまい、彩都はその場に倒れ込みそうになった。それを稜弥はきつく正面から抱き留める。
「先生、怪我は? まさか奴らに」
彩都の両肩に手を置き、薄暗がりのなかで稜弥は目を凝らして彩都の顔を覗き込む。彩都は稜弥の顔にほっとすると、そのまま稜弥の胸に頬を寄せた。
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