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第六章(15)

*****  花菜は宣親たち、医療チームの処置によって最悪の事態は免れた。しかし、彼女の繊細な心はこの事件で大きく傷つき、花菜を守れなかった孝治にも深い後悔を刻んでしまった。二人は結局、東條大学を退学することを決め、郷里の岡山へと帰っていった。  みんなで住んでいた研究棟も、その存在を他者に知られてしまったために宣親は閉鎖しようとした。亜美や由香里は東條製薬が用意した住居へと身を寄せたが、彩都はそのまま研究棟に住み続けることを強く宣親に願い出た。そこで宣親が苦渋の譲歩として提案したのは、稜弥が一緒に研究棟で暮らすことだった。 「ここも急に静かになったね」  みんなで集まって食事をしたダイニングルーム代わりの視聴覚室に、今は彩都と稜弥だけで向かい合って昼食を食べている。食事の支度は料理が趣味だった由香里がすべてしていたが、稜弥も結構器用に簡単なものを作ってくれて、食べることに対しての不満はない。それでもみんなでワイワイと食卓を囲んでいた日々が懐かしくて、彩都はセンチメンタルになってしまう。 「東條先生のご友人の尽力で、随分早くアルファエデンの取締りが開始されたそうですね」 「うん、二階堂副厚労大臣がかなり頑張ってくれたみたいだ。それと東條財閥からも直接に各省庁へ働きかけたから動かざるを得ないよ」 「それならオメガの抑制剤もそうして認可を取れば早かったんじゃないですか」 「そこが宣親の良いところだよ。自分の家の名がどれだけ影響力があるか知っているから、宣親は逆に正攻法で勝負をかける。ただ今回のことは人命に関わる大きな社会問題になるから、宣親にしては珍しくお兄さんたちにも力添えを願い出たんだと思う」  彩都が稜弥の作ったサンドイッチを美味しそうに頬ばる。稜弥はコーヒーの湯気越しに、もぐもぐと口を動かす彩都を眺めながら、別のことを考えた。

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