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第七章(2)

 三月下旬に開かれる国際会議だ。すでに海外渡航許可の申請は通っている。頷いた宣親の前で、急に二階堂が少し頬を緩めてニマニマと笑った。まるで高校時代のころのような初々しさを醸し出している友人の様子に、宣親は気味悪がった。 「実は、こんなメールをもらったんだ」  わざわざコピーを取ったのか、二階堂は一枚の紙を宣親に手渡した。 「覚えているか? 前の農植物学会の時に挨拶に来てくれた、アメリカ農務省動植物検疫局長の妹」 「ああ。確かセシリア・アンダーソンって名前だったか。俺は会ってないからうろ覚えだが、自身も医者で向こうの保険福祉省の職員だったよな」 「そうそう。そのセシルが今、ドイツに留学していてフェロモン抑制剤の勉強をしているんだ。で、学会にも参加するから、よろしければ日本の免疫学の第一人者、東條医学博士に是非ともお会いしたいのでお力添えくださいませんか、との丁寧なお願いメールを俺に寄越してきたわけだ」 「ちょっと待て。どうして彼女がお前にそんなことを頼む? それにセシルだと?」  二階堂は両目を三日月のように細くすると、ぐふぐふと笑って、 「いやあ~、俺もこの歳でようやくモテ期が来たっていうか? 一度挨拶しただけなのに向こうから積極的にアプローチしてきて、今ではニックネームで呼び合う仲なんだ。あ、勘違いするなよ。ほら俺たち、超遠距離だろ? だからお付き合いはメールだけの清い交際なのさ」 「アホか。三十路男が気持ちの悪いことをほざくな。学生時代からのお前の悪い癖だ。今まで美人局に会わなかったのは奇跡だな。まあ仕方がない、お前を夢中にさせた美女のお顔は拝見しておく」  宣親がソファから立って帰り支度を始める。すると、あ、と二階堂はなにかを思い出して宣親を引き止めた。 「そうだった。もうひとつ話があった。七瀬のところのスーパーポスドク、実は経歴を調べていてちょっと気になる話を聞いたんだ」 「神代くんの気になる話?」

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