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第七章(3)

「彼は三年前に事故で父親を亡くしているようだが、どうも事故ではなくて自殺だそうだ。自分の娘を道連れにして車ごと海に飛び込んだらしい。だが当時、引き上げた車に不審な点があって監察が調べていたが途中で捜査が打ち切りになった。どうして打ち切られたかは謎のままだ」 「そうか……。ありがとう二階堂、教えてくれて」  宣親は二階堂に礼を言って事務室を出たあと、廊下に立ち止まってしばらくなにかを考え込むと胸ポケットからスマートフォンを取り出した。 ***** 「いくら宣親がダメっていっても僕は行く! 絶対に行くから!!」  彩都の大声が研究棟の執務室に響き渡った。 「ダメだと言ったらダメだっ! どうして今回はこんなに聞き分けが悪いんだ!」  応酬する宣親はまるで息子のわがままを叱る父親のようだ。そんな二人の怒鳴り合いを稜弥は黙って眺めていた。  事の発端は昨日、稜弥に届いた孝治からのメールだ。花菜と二人で岡山に戻った孝治は、実家の酪農を継いで、花菜の心身のサポートを続けていた。花菜も少しずつ癒えていき、今では孝治と一緒ならば外出もできるようになったという。  その孝治が高校時代の友人たちに誘われて二泊三日の旅行に出かけた。趣味の自転車で瀬戸内の島々を巡る小旅行だ。その際に立ち寄った寂れた食堂で、その店の壁に薄紅の花を咲かせた立派な桜の木の写真が飾られているのが目に留まった。孝治が、いつの写真なのかと店主に聞くと、なんと去年の春に撮ったものだと店主は答えた。孝治は店主にその場所を教えてもらい、仲間と別れて一人で件の桜の木を探しだすと、すぐにスマートフォンで撮った画像を稜弥に送ってきたのだ。 「今の状態だと天候が良ければ二週間後には花が咲くんだ。早く現地に行って調査、観察してサンプリングしないと」 「お前は来週から一ヶ月間のインターバルだろう? 特にその時期は俺は学会で日本にいない。研究チーム全員でインターバルに備えて万全の準備をしているのに、お前はその期間中、無人島にいたいなんてどうゆう了見なんだ」

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