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第七章(4)
男性オメガ向けの抑制剤もいよいよ製品化に向けて準備が大詰めだ。他の協力者の治験結果も安定してきたため、厚労省への認可申請を来月行うことが決定した。
だが彩都は長い間、治験に協力してきた弊害か、他の治験者よりも抑制剤の効果が劣りつつあった。そこで次の発情期が来るまで体調を調えるために、一時的に抑制剤の服用を止めることにしたのだ。
「桜の木は足が生えて逃げ回る訳じゃ無いんだ。去年も咲いたなら来年だって咲くさ。だから今年は見送って来年になったら調査を……」
「来年がある保証なんてないじゃないか!」
彩都の金切り声に宣親が言葉を詰まらせた。黙ってみていた稜弥も、彩都の初めての苛立つ様子に息を飲む。
「宣親は来年も咲くって言うけれど、本当にそうだって言い切れる? 今夜地震が来て島が沈んだら? 心無い人が木を伐採してしまったら? 五十年前の時と同じように、また一斉に花が散って枯れてしまったら?」
もしもを羅列し、彩都は涙目で宣親に訴えた。
「僕だけ治験の結果が良くない原因だって、宣親は隠してるけど知ってる。……僕の持つ桜斑病ウイルスが活性化してきてるんだろ?」
初めて聞く話に稜弥は宣親の顔色を窺った。宣親は小さくため息をつくと、
「やはり感づいたか。安心しろ、今では桜斑病は完治する病なんだ。体力をつけて、ちゃんと治療をすれば……」
「でも人よりも寿命は確実に短い」
冷静な彩都の指摘に稜弥は動けない。
「僕はキャリアでありサバイバーだ。両親も若くして亡くなった。僕も長くはない命だって幼いころから思っていたよ。それでも自分のやりたいことは悔いなくやろうって頑張ったのに、気がつけば僕は他人を誰彼構わず誘惑する存在になっていた」
「だからそれはお前に合う抑制剤ができれば……」
「……宣親には感謝してる。僕のために苦労して抑制剤を作ってくれたこと、僕は宣親に一生かかっても返せない。小さなころから迷惑ばかりかけてごめん」
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