118 / 181

第七章(5)

「ばか野郎ッ、そんなことはどうだっていいんだ。俺はお前がいてくれさえすれば、それでいいんだよ」 「だからこそ、宣親に了承してもらいたいんだ。宣親が日本にいない間に、ここを抜け出して行くことだってできる。けれど僕はそんなことはしたくない」  長い沈黙が訪れる。空気がそのまま固まってしまうような緊張のなかで、口を開いたのは宣親だった。 「止めても無駄か」  はっきりと頷いた彩都から視線を外し、宣親は煙草を取り出して吸い始めた。たなびく紫煙に眼を細め、ゆっくりと一本を吸い終わると稜弥が差し出した灰皿へ煙草を押しつけて、 「一週間後にウイルス検査をして、結果がひとつでも悪かったら諦めろ」  宣親の言葉に彩都の表情が明るくなった。その様子にさらに宣親は苦笑いをすると、 「お前が言い出したら引かない性格だってこと、俺が一番知っているのにな。神代くん、これまで以上にこいつを監視してくれよ。でないとこいつははしゃきすぎて、できない木登りまでしてしまうかもしれないからな。……神代くん?」  呼びかけに返事の無い稜弥に視線を向けると、稜弥は嬉しそうな彩都をじっと見つめていた。その稜弥の眼差しは宣親の胸を微かに曇らせた。 *****  あはは、と華やかな声がカフェに響く。目の前に座る亜美と由香里は、稜弥の話を聞いてとても楽しそうに笑った。 「で、七瀬先生は大好きなアイスクリームを封印してまで頑張ったんだ」 「でもそれが普通の生活よ。三食ちゃんと食べて、きちんと夜は睡眠を取る。神代くんが七瀬先生の傍にいてくれて本当に良かったわ」 「そうよね、あの研究棟を出るときに一番心配だったのは先生のことだけだったもの」  明日からの現地調査に備えて持っていく荷物を確認してきた稜弥は、買い忘れた消耗品を求めて駅前へと足を運び、そこで亜美と由香里に再会したのだ。 「七瀬先生の粘り勝ちね」 「東條先生なら最後はオッケーするわよ。なんだかんだ言いながら七瀬先生に甘いんだから」

ともだちにシェアしよう!