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第七章(6)

 亜美は最後のパンケーキを口に運んで、まんぞく~、と空になった皿をテーブル脇にずらした。 「こんなにおいしいパンケーキを食べられるのも七瀬先生のおかげだわ。でも、現地調査とは言え、十日間も無人島で暮らすなんて、あたしにはムリムリ」 「亜美は最低でもコンビニが無いと生きていけないもんね。そこには七瀬先生と神代くんの二人だけで行くの?」 「うちの研究室には先生と俺しかいないからね。それに無人島とはいっても数年前までは人が住んでいた島なんだ。目的の桜も、山の中腹にある小学校の跡地近くに植わっているらしい」  へぇー、と口を揃えて二人は関心を寄せた。 「本物の桜を見てみたいわね」 「ほんと。アーカイブのニュース映像でしか見たことないもん。満開の花の下でお花見っていうのをしてみたいわ」 「亜美はお酒を飲んで、騒ぎたいだけでしょ?」 「あ、ばれた? そうよ、あたしは『花よりだんご』を体験したいの」  明るい彼女たちといると気分がほぐれる。しかし由香里がちらりと腕時計を見て「そろそろ帰らなきゃ」と言った。 「今、住んでいる東條グループの女子社員寮ね、設備も良いし綺麗でお洒落なんだけど、事前申請しないと門限が厳しいの」 「それに最近、物騒なことが起こってるから余計に東條先生がうるさくて」  今月に入り、関東近県のオメガの失踪者はとうとう三十人を越えてしまった。なかには東條製薬の治験に協力してくれた者もいて、宣親は大学に在籍するオメガの学生を一時的にセキュリティが確かな東條グループ傘下の企業の社宅などに住まわせる措置をとっていた。  カフェを出て亜美たちと別れると、稜弥はオートバイを停めてある駅裏の駐輪場へと向かう。ついこの間までは頬に感じる夜風は刺すようだったのに、今は少し柔らかく感じられた。  表と違い、駅の裏側は閑散としていて駐輪場も利用客が少ないようだ。稜弥は薄暗い駐輪場の一番奥に停めていたバイクに跨がるとヘルメットを被ろうとした。

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