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第七章(7)

「――稜弥くん」  不意に後ろからはっきりと聴こえた声と人の気配に驚いて振り返る。そこには島田が相変わらずにやけた顔をして背後に立っていた。 (周りには気をつけているのにまったく気配がわからなかった……)  「かわいいオメガちゃんたちと楽しそうに話してたね。でも俺は、稜弥くんに青春を満喫してもらうために東條大学に送り込んだ訳じゃないんだけど」  嫌味を含んだ台詞を稜弥は無視した。すると島田は、 「前にもらった抑制剤のサンプル、やっぱりあれだけじゃ満足に成分分析もできないって研究室の奴らが文句を言うんだよ。それに、ウチの薬とかなり内容物が違うみたいで、俺が苦労して持ち帰ったのに、もっと手に入れてこいって無茶言うんだ。酷いよね、こっちは日本への入出国も大変だってのに。それなら研究者なんて辞めちまえって言いそうになったけど、そこは雇われの悲しいところで悔し涙を飲み込んで日本に戻ってきたってわけ」  相変わらず、つらつらと話す島田に稜弥はため息をつく。 「もうこそこそとしなくても、東條製薬の抑制剤は手に入れられるだろう?」 「確かにそうなんだけど、どうも女向けの薬と稜弥くんがくれたサンプルは内容が違うみたいなんだ。でもかなり評判がいいね、あの抑制剤。それにウチのとは段違いに副作用が少ない。アメリカでも大っぴらに日本製抑制剤の導入を検討しようって動きが出てきているよ。各国の研究機関も興味津々でみんな、東條宣親に接触したがっている。それに比べて、ウチはどんどんシェアが落ちているうえに薬害訴訟まで抱えて株価の下落も止まらない。まったく、自分たちに歯向かったからって、カール・ベイン博士や君の父親に研究所を去られたのは痛恨の極みだった。おまけに内部告発を怖れて嫌がらせまでするなんて、いくら俺の雇い主でもちっせえ奴らって思うよ」 「……プロを雇って命まで奪うことを、お前たちは嫌がらせと言うんだな」

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