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第七章(8)

「おっと、愚痴を言い過ぎた。今の話はオフレコで。そうでなくても俺はここのところボスの評価が低くて、次のボーナスは無いかもしれないから」  島田は苦笑いを浮かべて、睨みつける稜弥の視線をかわした。 「それで稜弥くん、明日から七瀬先生と二人きりで出かけるんだって? これは俺にとっても非常に好都合、これから依頼することがやり易くていい」 「今度はなにをさせる気だ。まさか土産を買ってこいと言うんじゃないだろう」 「ははッ、君でも冗談を言うんだね。まあ、土産も欲しいけれど、俺が今欲しいのは七瀬彩都だ」 「――なんだと?」 「君がくれたサンプルで、東條宣親の作った抑制剤は服用後に、体内である特殊な変化を起こすことはウチの研究員も突き止めた。その変化が発情を抑えるんだけど、それがどういったメカニズムで起こっているかが解明できない。なら、あの薬の開発に関与して常用しているオメガ本人に話を聞こうとなったのさ」 「ふざけるな! 俺に先生を拉致しろというのか」 「拉致だなんて人聞きの悪い。ウチのアメリカ本社へご招待申し上げたいと言ってるだけだよ。それにさ、君はこの依頼を断れない」  稜弥はバイクから降りて島田と向かい合った。島田は満足げな表情を見せる。 「君の妹さん、今、体調を崩して昏睡状態なんだ。君のお母さんは付きっきりで看病しながら、ずっと悲しみにくれていて、それを徳重社長は苦々しく思っている。いくら昔、婚約していて忘れられなかった女でも、その娘は恋敵の子だからね、それに君の妹さんもお母さんと同じでオ……」 「っ、母さんと恵梨香に会わせてくれ!」 「それは君の働き次第だね。徳重社長もいきなり二人を丸裸で放り出すことはしない。でもさ、妹さんの生命を維持する医療費ってかなりかかるんだよね。早く稜弥くんがウチのボスと徳重社長の要望通りに七瀬彩都を連れてこないと、恵梨香ちゃんはどこかの金持ちの変態オヤジに売られるかもしれないな」  怒りで肩を震わせる稜弥の胸に、島田は軽く手をついて片方の唇を引き上げた。

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