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第七章(10)

*****  彩都は、持ち込んだパソコンで解析された分析結果のグラフをチェックする振りをしながら、モニターの向こうにいる稜弥の姿にチラチラと視線を送っていた。稜弥は先ほど採取した桜の樹皮を溶液に漬け込むと、試験管に蓋をして遠心分離機にセットしている。その一切無駄のない手の動きを追って、彩都の瞳はくるくると動き廻る。 「……先生、昨日一晩かけて、そのパソコンが演算した結果の解析は進んでいるんですか?」  彩都の動きが止まっていることを知っての台詞だ。彩都は指摘されてモニターを真剣に見つめたが、その目はまた自然と稜弥の動きに釘付けになった。  電子顕微鏡で写し出した細胞をチェックしていた稜弥が、はぁ、とひとつ息をつくと、画面を見つめたままで「腹が減ったんですか。そろそろ夕飯にしましょうか」と彩都に顔を向けずに椅子から立ち上がる。 「すぐに支度をするので待っていてください」  そのまま台所へと向かう稜弥の背中に、彩都はもやもやした思いで声をかけた。 「ちょっと出かけてくる」  どこに行くのか、と聞き返さずに「はい」と素っ気なく返事をした稜弥の態度に、もやもやがムカムカに変化する。彩都は少し足音を踏み鳴らして宿舎を出ていった。  大股で緩やかな山道を登っていく。最初は勢いの良かった足取りも少しずつ歩幅が狭くなり、道の半ばまで来たところで彩都は後ろを振り返った。  なんとなく、稜弥が自分を追ってきて欲しいとでも思っていたのか、誰もいない寂しい光景に驚くほどに落胆した。それでも黄昏に染まった海の景色は彩都の気持ちを落ち着かせた。彩都はしばらく暮れてゆく海を眺めて踵を返すと、目的の朽ちた神社跡へと山道を登りきって、そびえ立つ大きな桜の木に目を細めた。

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