132 / 181

第八章(2)

「あなたは……、カール・ベイン博士!」  その老紳士は第二性研究の第一人者で、現在のオメガフェロモン抑制剤の基礎を作ったアメリカ人学者のカール・ベイン博士だった。  思わぬ人物の登場に驚く宣親にベイン博士はにこやかに握手を交わすと、隣に立ったセシルになにかを耳打ちした。セシルはこれからの博士との会話を通訳してくれるようだ。  短い挨拶を終わらせると宣親は早速、ベイン博士に疑問をぶつける。 「博士にドイツでお会いできるとは思いませんでした。リードマンケミカルの主席研究員を退かれたあと、研究の第一線からも引退されたと聞いたものですから。失礼ながらお亡くなりになったとの噂までありましたが」  立ったままで興奮気味に問いかける宣親に、ベイン博士はソファを勧めてゆっくりと口を開いた。 「実はリードマンケミカルとの契約終了後に色々ありましてね。それよりも東條さん。本日、あなたをここにお招きしたのは、あなたが造られた日本人向けの抑制剤についての話をしたかったからなのです」  ベイン博士が差し出した透明なパケットのなかに見慣れた錠剤が入っている。 「確かにこれは我々が造った物です。どうしてそれがここに?」  訝しげに問う宣親に、ベイン博士は頭を下げた。 「本来ならば、正々堂々とあなたの前に姿を現すべきなのですが、実は私は命を狙われている身なのです。そこで、あなたと接触するべく代わりの者を日本へと送ったのですが、彼も奴らに弱味を握られてしまい、表だって動くことができなくなった。ですが、彼は苦労をして、あなたが開発中の抑制剤を手に入れてくれました」 「奴ら? それになぜ我々の抑制剤を?」

ともだちにシェアしよう!