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第八章(3)

「あなたもご存知でしょうが今、世界中に出回っているリードマンケミカルの抑制剤には大きな欠点があります。そのまま使い続けると人命に関わるような……。私は数年前にある日本人研究者からそれを指摘され、彼と共に原因を突き止めた。これは大変なことになるとリードマン側に、薬の販売停止を提案したのですが、彼らは巨大な利益を生んでいた抑制剤を手離すことができずに、逆に私とその研究者を追放しました。その後、我々は別の協力者を見つけて財団を作り、研究開発を続けたのですが、その行動がリードマンの不興を買ってしまった。私や共同研究をしていた彼の邪魔をするようになり、とうとうそれはあの事件へと繋がったのです」 「あの事件? 失礼ですが、博士の今のお姿はその事件のために?」 「ええ。帰宅途中で私の乗った車がリードマンの者に襲撃を受けました。車は大破し、運転していた助手は亡くなり、私も大きな怪我を負いました。しかし、リードマンが行ったという証拠は隠滅された。そして、同じころに日本に一時帰国していた彼も不審な事故で亡くなったのです」  その時の様子を思い出したのか、老紳士は言葉を詰まらせる。博士の隣に座っていたセシルが慰めるように彼の背中をさすった。 「日本の製薬会社が、我々とは異なる観点から抑制剤を研究していると教えてくれたのは、その亡くなった日本人研究者です。それから私は姿を隠し、セシルたちの尽力によって、あなたとこうして会うことができました」  ごほごほとベイン博士が咳き込む。彼は今もあまり体調が良くないようだ。それでも博士は言葉を続けた。 「私と彼はリードマンに提供した抑制剤の改良型を造っていました。しかしどうしても一部の人種、特に黄色人種に拒否反応が顕著に出ていた。でも、あなたは日本人向けの抑制剤をほぼ完成させています。失礼ながら、今回手に入れたあなたの抑制剤を調べさせてもらったのだが……」 「――、博士から見て、私の抑制剤はいかがですか」  宣親は緊張に背筋を伸ばし、老博士の評価を待った。ベイン博士は言葉を切り、幾度か瞬きをしたあと、静かに宣親を見つめて言った。

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