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第八章(5)

 宣親の力強い返答にベイン博士は苦しい息のなかで微笑んだあと、意識を失った。  車椅子に脱力した博士を、セシルが室内にいた男達に命じて退席させる。慌ただしさの引いた部屋で、老博士を見送った宣親は、その場でぐったりとソファに体を沈めた。 「ご協力感謝します。ドクター」  声をかけたセシルに、宣親は顔を向ける。その宣親の憔悴した表情にセシルが小さく息を呑んだ。 「……さすがベイン博士だ。俺の浅はかな想いを見抜いて、釘を刺した」 「ドクター……」 「君たちが手にいれた抑制剤は、彩都専用に特別配合したものだ。あれはフェロモンを抑えるよりも、欠けた遺伝子を補うのに特化している。……そうだ、俺は彩都を俺と同じにしようとした。俺は君たちのようなアルファにはなれない。今のまま彩都に選んでもらえないのなら、彩都をベータにしてしまえば彩都はアルファと番わなくていい。……いや、違う。俺は彩都が俺以外の奴を選ぶのを見たくなかっただけだ。自分のエゴを押しつけて、俺は彩都を危険な目に……」  右手で顔を覆い、項垂れる宣親の肩をセシルがそっと触れる。そして、 「ドクター。あなたは七瀬博士を愛しているのね」  セシルのかけた言葉に宣親の肩が小さく震えた。しばらく俯いていた宣親は、やがて大きく息を吐き出すとソファから立ち上がる。その顔はもう、いつもの宣親の表情に戻っていた。 「……君が二階堂に近づいたのもこれが目的だったんだな。でも大丈夫なのか? 博士はかなり具合が悪そうだ」 「三年前の事故で内臓の一部と左の肺を摘出しました。それにもう、ご高齢ですから……」  悲しそうに俯くセシルに宣親は、 「それで俺はなにをすればいいんだ。博士と君たちをリードマンの奴らにばれないように日本に入国させればいいのか?」 「ええ、そうですね。ほとぼりが冷めるまでは東條財閥、ひいては日本政府に匿って頂きたいのですけれど、その前に……」

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