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第八章(6)

 セシルは今までの優雅な態度とは違い、なにかに逡巡したあと、意を決したように宣親に向けて顔をあげた。彼女の青い瞳から溢れる涙を認めて、思わず息を呑んだ宣親に彼女は声を震わせて訴えた。 「ドクター、お願い。彼を、……タカヤを助けてっ」 「タカヤ? ――っ、タカヤって、まさか神代稜弥のことか?」 「タカヤはわたしたちの仲間です。彼の父親がベイン博士と共同研究をしていた日本人研究者。あなたに会うためにタカヤは単身日本に向かったの。だけどリードマンの奴らに動きを知られて彼の母親と妹が行方不明に……。彼は二人を人質に取られて、あなたの研究データを盗んでくるように強要されているの」  二階堂に聞かされた神代稜弥の父親の事故死の疑問は、こんなところで真相に辿り着いた。  いくらリードマンケミカルがアメリカ政府に影響を及ぼす大企業でも、日本では思うように動けない。十中八九、繋がりの深いトクシゲ化学薬品が動いている。宣親が日本を発つ前に、一連のオメガ誘拐事件にトクシゲが経営する会員制の創世会病院が関与している疑いあり、と二階堂が耳打ちしてくれた。近く、公安がその病院に内偵を行うと。 (たかが、薬一つにどうして人の命を奪えるんだ)  奥歯を噛み締めた宣親の胸にセシルが縋りつく。彼女の震える肩に手を沿え、宣親は問うた。 「わかった。神代くんの家族も早急に保護するように尽力する。でも、どうして彼は先に俺のところではなく、彩都のところに行ったんだ?」  セシルは宣親から離れると、先ほどよりも明らかになにかを言い澱む。しかし宣親に鋭く視線を投げかけられると、彼女はその視線を外してようやく重い口を開いた。 「タカヤにはあなたに会う以外に日本ですることがあった。一つはお父様の死の真相を探ること、そしてもうひとつが……、七瀬博士に会って確かめること」 「確かめる?」  セシルが微かに頷いて宣親に視線を戻す。そして彼女ははっきりと告げた。 「タカヤは彼の運命を探しに行ったの。七瀬彩都は……、タカヤの魂の番なのよ」

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